第2話
密集していた住宅街を抜けると、少し家同士の間隔が広くなり、田畑も見えてきた。そして見覚えのある屋敷が徐々に近づいてくる。
栂(つが)尾(お)の家は以前来た時と変わらず、大きく口を開けたような門がそこにあった。
子供の頃はよく、家族三人で泊まりに来ては、父に車で海水浴場まで連れて行ってもらっていた。そう言えばいつから家族で来なくなったのだろうかと考えたが、その思い出が今の大地には無意味なような気がして、直ぐに打ち消した。
栂尾は旧家と言われる家で、広い敷地には蔵があり、昔は瞳子の息子で従弟の祥(しょう)太郎(たろう)と探検と称しては遊んでいた。
「そう言えば祥にぃは?」
大地は、三つ上の祥太郎なら、今の自分が抱えている黒い靄のような気持ちを吐き出せる気がした。
「ああ、祥太郎は大学のサークルで合宿があるとか、あと旅行がどうのって言ってたから、今年は帰って来ないのよ。冬頃に、一度戻ってくるみたいだけど。大ちゃんによろしくって、言ってたわ」
「そう、ですか」
敷地に入ったバンは適当な場所で止まり、大地と母は車から降りた。
引き戸を開けると、大阪では考えられないほど贅沢に間口がとられた玄関がある。
「大ちゃん、荷物はいつもの部屋に置いてあるから。ミチはこっちね」
昔から瞳子は自分の事を「大ちゃん」と呼ぶ。でももうそんな年ではない。その呼
び方を止めて欲しかったが、「大地」「大地君」と呼ばれるのも何か違うような気がする。反抗期だった頃、家に掛かってきた電話を取った時も言われたが、その時は気にならなかったくせに……と大地は自分で自分を卑下した。
昔から泊まる部屋は決まっていた。部屋数が多く、どれも似たような絵が描かれた襖があっても、その部屋に迷うことなく着くことができた。肩からぶら下げていた鞄を置いたところで、閉めたばかりの部屋の襖が開いた。瞳子だった。
「ミチの部屋に段ボールを置いてあるから、大ちゃんの荷物、取りに行ってね。そうそう。お婆ちゃんに挨拶もね」
「はい」
襖を開ける前に、なぜ声を掛けるなりしてくれないのだろうか。
ここにはプライバシーらしいプライバシーがない。玄関に鍵をかける事はなく、勝手に近所の人が入ってきては、作った煮物を置いていったりする。驚くのはそれだけじゃない。添えられた手紙も何もなく、誰が作った物かわからない。それなのに家人達は、一口食べればどこの家の人が持って来てくれたのか分かってしまうのだ。
正直、大地には不快感しかなかった。どこに住んでいる誰だと知っていても、他人だ。家族ではない他人が作った物なんて気持ちが悪くて口にできない。
ちょっとした事が大地の神経に触れ、苛立ちが常に波のように押し寄せてきた。
部屋を出て、結婚する前から母親が使っていたという部屋へと向かった。今は祖母と伯母夫婦しかいない。広い屋敷にある無数の部屋は、祭りや集まりがある時に襖で仕切られた部屋を開け放って、集会所替りに使うらしい。
大地は迷うことなく母がいる部屋の前に立ち「荷物、取に来た」と声を掛けてから襖を開けた。すでに荷解きされ、大地の物が一か所に固められている。
「荷物は私が部屋に持っていっておくから、先にお婆ちゃんに顔を見せてあげて」
母は、取り出した衣服を一つ一つ丁寧に畳み直しながら顔だけ大地に向けた。その
愛想笑いのような顔に何故かまた苛立ちを覚えた。
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