不思議なお姉さんと月の橋
安土朝顔🌹
第1話
大阪から電車を乗り継いで三時間弱。たった二両からなるローカル線の窓から、生臭い潮風が吹き込み、青い海が見えてきた。安立(ありゅう)大地(だいち)にとっては数年ぶりの日本海。だが大地の気持ちは、
清々しいほど晴れ渡った空、穏やかな海とは一八〇度異なる気分だった。それは長い梅雨がずっと自分の中で居座っているように暗澹とした気分。
「大地、次よ」
「――」
京丹後市にある母、美智子の実家に一緒に帰省すると決めたのは、梅雨明け宣言された少し後だった。母がこの時期に帰省することは去年から決まっていた。母の姉である瞳子の夫、民生が趣味で始めた小さい民宿が好評で、忙しいお盆だけ手伝いで屋敷を出なければならないと言われていたからだった。それとは別に祖母を見てくれている瞳子に息抜きをしてもらいたい。母の想いを尊重し、お盆前から瞳子に旅行へ行ってもらうため、八月後半ころまで留守を預かることになった。
大地はクラブがあるため当初同行するつもりは無かった。だが大地は父の事があってから、家に居るべきかという気持ちと、あの人とは一緒には居たくないという気持ちがせめぎ合いながら絡んだ糸のように縺れていた。
そして最終的に母が「おばあちゃん、ちょっとね……」と髪を耳に掛けながら言った時に見えた横顔に、もっと先にあるはずの老いが見えて同行を決めた。
だがこうして家を出ると、父と同じ空間を共有しなくて済むという安堵感が大地を心地よく包んでいるのも事実だった。多分、始めから答えは出ていたけれど、何か、自分の中でこじつける理由が必要なだけだったと、後から思った。
三角屋根に白い塗装がされた、一見ロッジにも見えそうな駅舎を出ると、蝉の大合唱とむせ返るような夏の息、刺すような日差し。車内のクーラーで涼んだ体からは、一気に汗が噴き出してきた。
「あ、ミチに大ちゃん! ここ、ここ!」
エンジンが掛かったままの白いバンから、瞳子が下りてきた。
「久しぶりだね。大ちゃん、背が伸びたんじゃない? ミチも元気そうでよかった。さ、車乗って」
助手席に母。そして後部座席に大地が座った。
運転席に座る瞳子はジーンズにサンダル。水色のTシャツからは、色の白い母親とは対照的な浅黒い腕が伸びていた。
「荷物は、昨日家に届いたから。それにしても荷物、凄く重たかったけど、何が入ってるの?」
「大地の教材が入っているのよ。夏休み中は、こっちで過ごすことになるから」
「ああ、それでか。でもお母さんも喜ぶわ。ありがとうね。大ちゃん」
バックミラー越しに目が合ったが、大地は返事をせずに窓の外に目を向けた。
ここに来るたび目にする景色はあまり変わりはなく、建て替えた家なのか、または新築なのか、時折真新しい住宅があった。周りの古びた家屋とは対照的な家は、家主の田舎への精一杯の反抗、そして都会への憧れを強く感じる。大地にはそれが痛々しく映っていた。
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