第三章 亡国の腕【3】
半円を形成している人垣の視線が注がれていたのは、舞台に立つ一組の男女。
ぴしり、と毅然とした態度で佇む、水色の髪に薄桃色の瞳をした、可憐なドレス姿で佇む女性。
そんな彼女と視線を交錯させ凛と立つ、剣を携えた精悍な金髪碧眼の男性。
舞台の中心に立つ二人はお姫様とお付きの騎士そのもので、庭園の美しさも相まって物語の一幕のようであった。
そんな主役を引き立てるように一歩引いた位置には、女性が二人。厳めしいローブを着こんだ魔法使いと、豪奢な椅子に腰掛け王冠を戴く壮年の人物だ。状況と服装から推測するに、女王とそれに仕える魔法使いといった所だろう。
エルシエルとリタが舞台の目と鼻の先という特等席につくと、石像のように佇んでいた魔法使いが一歩踏み出し、仰々しく手を広げた。
「これより、王女迎騎の儀式を開始する!」
魔法使いは声を張り上げ、儀式の開始を厳かに告げる。
「この儀により、未来の女王はその証たる騎士を迎え、両者は婚約関係となる。しばらくののち、婚姻が達成された暁には新たなる女王が戴冠されるであろう」
しん、と静まり返る広場に、儀式の意を唱える魔法使いの声が
「騎士よ、前へ。誓いを述べよ」
いっとう声を張り上げた魔法使いが言葉を告げ、金髪の男性は前へと踏み出す。
そして水色の髪の女性に跪き、鞘に収まった自らの剣を差し出す。
「姫よ、この身は貴女の物です。どうか、
姫は深く頷くも剣には触れる事無く、静かに口を開く。
「ならば問いましょう、貴方の覚悟のほどを。顔をあげなさい」
騎士は顔をあげ、姫を見上げる。けれど見事な姿勢で保持された剣は微動だにしない。
「なんなりと、この剣に誓って
流麗で臆する事のない返答、姫は騎士と視線を絡ませて、一拍置いてから問うた。
「私に刃が迫る時、貴方はその身を盾とし守る事を誓いますか?」
騎士は
「誓います、私は例え心臓を貫かれようとも貴女を守りましょう」
「私が何かを望んだ時、貴方は全てを差し出すと誓いますか?」
騎士は
「誓います、私はどれほど過酷な
「私に厄災が降りかかる時、貴方は私をその手で救うと誓いますか?」
そして、騎士は迷いなく首肯する。
「誓います、私は何を犠牲にしようとも貴女を全ての厄災から救ってみせます」
彼の視線は真っすぐで、在りし日の城の様に穢れ無き意思が見て取れた。
姫は厳かに、しかしどこか声を弾ませて応える。
「その言葉、信じます。ならば私は剣を受け取りましょう」
姫は捧げられた剣を受け取り、持ち手を反転させて騎士の手に置き直した。
その一見無意味にも見える動作は、きっと儀礼的な意味合いを持つのだろう。
「騎士エリーク、貴方を私の騎士に任命します。婚約達成の暁には、女王となる私に生涯を捧げ、護りなさい」
姫の声が城に反響し、そしてその残響が消え去った時、一斉に歓声が沸く。
ある者は喝采と共に婚約を讃え、そしてある者は国の行く末は安泰だと、今となっては皮肉と化した称賛を贈る。
一連の流れは茶番のようにも見えるが、歴史の主張とはこういった無駄の積み重ねによってなされる物である。それ故、このような儀式は国の対外関係においては存外重要なのだ。
賛否様々な感情はあれど、多くの人間は二人の事を、ひいては二人からもたらされるであろうこの国の未来を祝福していた。
「儀式は完遂した。未来の王女よ、結びにその志を宣誓せよ」
しん、と聴衆たちが静まる。姫の言葉を待っているのだ。
姫は、厳かに聴衆たちを一瞥し、静かに口を開いた。
「現女王陛下である私の母君は、この国の伝統を護り、それに準じた国作りをして来ました。世界で最も重要な技術である魔法、それをよりよく扱える女性を第一とし、素晴らしい社会を築きました」
姫はそこで言葉を区切ると、傍に佇むエリークを密かに見やる。姫の意図を察した彼が首肯すると、姫は小さく息を吐いて、改めて言葉を続ける。
「……けれどそれは、女性という存在に対して盲目が過ぎると言わざるを得ないでしょう。社会は男と女という二層構造ではなく、個人という無数の単位が積み重なり、形成されているのです。私のように魔法が苦手な女性もいれば、魔法が得意な男性がいるように、人には向き不向きがあり、必ずしも性別の特性に従っているわけではありません」
ざわざわ、聴衆たちが動揺を見せ、静粛だった空間にざわめきが伝播していく。
聴衆の反応は様々だ、眉をひそめる者も居れば、驚きのあまりに硬直する者も居た。
ややもすればひそひそ、と聴衆たちが思い思いの邪推の言葉を交わし始める。少なくとも彼女の言葉があまり好意的に受け止められていないのは明白だった。
だが、姫は我が意を得たりとばかりに口角を吊り上げ、向けられた懐疑の空気に臆することなく力強く誓いを口にする。
「――――ですから私は誓います、性別というくびきに囚われず、万人が平等に評価される社会を作ると。伝統という名の悪習を私の代で断つのです」
がたり、姫の言葉が終わるや否や、女王が椅子から音をたてて立ち上がる。
わなわなと震える体に、姫を射貫く鋭い視線。体裁故に声の一つも上げることは無いが、その怒りは存分に伝わってくる。
波乱に見舞われた儀式の場の記憶は、そこまでだった。
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