第三章 亡国の腕【2】

 ひとしきり惨状を見回したリタは残念そうに呟き、エルシエルの手を引いて自分達よりも高く生い茂る生垣に囲まれた道へと足を踏み出す。


「エル、足元に気をつけて頂戴ね」


 人の手を離れた生垣は暴走するように繁茂しており、つるや葉がそこら中の足元に生い茂っていた。気をつけなければ足を絡めとられてしまうだろう。


「けれどまあ、庭園に出られたのは手間が省けたわ。どうせ寄るつもりだったのだし」

「なにかあるの」

「ええ、折角この場所に来たんだもの。最も有名な光景くらいは見ておきたいじゃない」


 二人は周囲の光景がまるで伺えない生垣の道を慎重に進む、リタは植物を踏みつけないように、エルシエルは無関心な素振りで。

 やがて生垣の道を抜け、視界が大きく開けた。

 そこは大きな大理石の舞台と歓待の設備を備えた庭園の中心部であり、この庭園において最も高名な場所であった。


 舞台は薄汚れ傷つき決して完璧ではないが、戦乱の渦中にあったにしては損傷は少ない。

 リタはエルシエルを連れて観覧席として設けられた長椅子へと向かう。座部に堆積した木の葉を払い、エルシエルと共にそこに腰掛けた。


「エル、この広場からは城が良く見えるのよ。ここから見る城はとても美麗な事で有名なの」


 瞳を輝かせながらそう言ったリタは、しかしすぐに残念そうに溜息をついた。


「……だったのだけれど、なんというか――――」


 二人の眼前に広がる城は、かつて美しき外観を、壁に施された精緻な彫刻を、磨き上げられた白亜の城壁を、そしてその芸術とも言える威容の頂点にはためく国旗を、人々に讃えられていた。


 しかし今はもう違う、壁面を大きく崩壊させた外観は見るに堪えず、彫刻は見る影もないほどに崩れ去り、白亜の城壁は穢され、国旗は矢によって引き裂かれていた。

 それらの傷が激しい城攻めの結果であることは明白だった。


 白亜の城壁が陽光を反射しているのもあって近づくまでは不明瞭だったが、そこにあったはずの威容を伴った美麗さは既に失われてしまっていたのだ。


「戦争って、命以外も奪ってしまうのよね……」


 世の無常を儚むように呟いた彼女は、しかし笑みを浮かべてエルシエルの髪を弄ぶ。


「けれどまあ、私達は“かつて”を楽しめるから問題ないわね。頼めるかしら? エル」

「わかった」


 エルシエルは瞬きと共に魔法を発動、不思議な文様が瞳に浮かぶ。

 それと同時に手を繋ぐリタの作り物の瞳にも同じ文様が浮かび、二人の視界が塗り替わった。


 傷どころか穢れ一つ無くなった白亜の壁面は美しく輝き、そこに彫られた見事な彫刻は寸分違わずその姿を取り戻す。そして城の頂点には力強く国旗がはためいている。


 かくして、たった二人の中だけではあるが白亜の城はかつての姿を取り戻した。

 しかし、望み通りの筈の光景にリタは渋い顔を浮かべていた。


「なんなの、この人の数は! 何も見えないじゃない」


 広場は人でごった返しており、エルシエルとリタはその人込みに取り込まれてしまっていた。

 エルシエルの魔法は“場の記憶”をること、城の状態が巻き戻るのであれば当然他の部分もかつての世界を映し出す。


 それゆえ、かつてこの場所に形成されていた人込みも余さず現れていたのだ。

 右を向いても左を向いても人、人、人。


 人込みを構成する人間達は皆、見るからに高価そうな服や装飾品をこれでもかと身に付けており、やんごとなき身分の人間ばかりのようだ。

 そんな人込みに取り込まれてしまった場違いな二人からは、人込みに阻まれて城は見えず、何もかもがわからない。


 それでも一つはっきりしている事があった、人々の視線が一か所に注がれているという事だ。

 どの人の視線も大理石の舞台に向けられており、そこにある何かを静粛に見つめていた。


「……みんな何かを見ているようだけれど、一体何なのかしら? 確かめましょう、エル」


 エルシエルの腕を引き、人の影をすり抜け人垣の先頭へと向かうリタ。

 そして、人垣を抜けると、

 御伽話おとぎばなしの幕が上がった。

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