第三章 亡国の腕
第三章 亡国の腕【1】
「凄いね、とってもぼろぼろ」
エルシエルは周りに広がる風景を極めて簡潔に評した。
建造物であったであろう何かはその殆どが奇妙な石壁になり果て、建物に備えられていた窓は朝日を反射する
新たな食料を求めて訪れた廃墟は見るも無残に滅び果てていた。
各所に刻まれた傷跡を見ればそれが自然の摂理による風化などではなく、人為的な破壊の産物であることは明らかだった。
だが、明らかに巨大な生物に抉られたような傷も散見され、ここを襲ったのは人だけでない事を物語っている。
腰に鞄を下げ、エルシエルの横を歩くリタは残念そうに呟いた。
「滅んだのはごく最近だって聞いたから期待していたけれど、これは望み薄ね」
「そうなの?」
「ええ、この滅び方は戦争によるものよ。しかも秩序の無い略奪の後も見られる。多分何もかも根こそぎ持って行かれてるんじゃないかしら」
エルシエルは表情を変えぬまま、しかし寂しくも聞こえる声色で聞き返す。
「じゃあなにもないの? 桃の缶詰も?」
リタは暫し硬直し『やだ、かわいい……』と小さく漏らしてから、微笑みと共に背伸びしてエルを優しく撫でる。
「いえ、いえ! きっとあるわ! 私が探し出して見せるから任せて
「
「なかったね」
あれからかなりの時間探しまわったが、結局の桃の缶詰どころか食べ物の類は一つも無かった。
リタは運よく破壊の嵐から逃れた街道脇のベンチに座り、人形であるにも関わらず疲れたように溜息を着いた。
「ごめんなさい、エル……私が無力なばっかりに……」
「別にいいよ、なくても」
隣に座るエルシエルは言葉こそ関心なさげだったが、つまらなそうに足をぷらぷらとさせている様は何処となく寂しげだ。
「……そう言われると、何が何でも探し出したくなるわね」
そんな所作に火をつけられたのか、リタは膨らまないほっぺでむくれるような表情を浮かべる。
「ま、安心して頂戴。あるかも知れない場所の検討はついてるわ」
「そうなの」
リタは首肯し、街道の奥に見える城壁に囲まれた白亜の建物を刺した。
「ええ、あそこに見えてる城よ。あの城は籠城戦に秀でていたことで有名なの、だから日持ちする食料が備蓄されてる筈だわ」
廃墟を物色しながら城へと歩みを進める二人。
エルシエルは死人のような無表情で、リタはいつになく楽しそうな表情で、廃墟に囲まれた街道を歩く。
「リタ、なんか楽しそう」
ポツリと、エルシエルは小さく呟いた。やたらと上機嫌なリタが気になったのだろう。
リタは満面の笑みをこぼして、心底楽しそうに答える。
「ふふ、楽しくないわけがないじゃない。だってこれから名に聞く名城を見に行くんだから」
接近して城壁しか見えなくなってしまった白亜の建物を指さしたリタは、それが健在だったころの評判を口にする。
「あの城は籠城戦以外にも、美麗な事で有名だったの。外見もさることながら、特に内部の装飾と、庭園に関しては世界でも有数の美しさを持つらしいわ。それ故、今の時代よりも以前、まだ世界が戦乱の火に焼かれて無かった頃には殆どの観光ガイドに載っていたそうよ」
それからリタは隣で興味なさげな表情を浮かべているエルシエルの手を取り、殊更楽しそうに笑った。
「そんな美しい光景を大好きな相手と共有する。嗚呼、とっても素敵な事だわ」
「そういうものなんだ」
やはり味気ない返答をする彼女にリタは苦笑をしつつ、通りを繋ぐ狭い路地を抜ける。
すると視界いっぱいに城壁が現れ、その痛々しい姿を克明に晒す。
強固に作られたであろうそれは、至る所に亀裂が入っているばかりか、所々崩壊すらしてしまっている。
それでも人が通れる穴はそれほどなかったが、少し先へと視線をやると、完全に崩壊し穴が開いてしまっている部分も見受けられる。
樹木が腐り墜ちて出来る
リタはエルシエルの手を引き、倒壊した壁を避けながら城壁の間隙(かんげき)から城へと足を踏み入れた。
そんな彼女達を出迎えたのは、見るも無残に荒れ放題になった庭園。
庭園とは、本来天然物である自然の美に人の感性を加え、作品として昇華した物だ。庭園に足を踏み入れた者はその天然と人工の奇妙な均衡に魅了される。
しかし、ここが城壁の突破口になってしまったのが運の尽きであった。戦争とは最も縁遠い場所に関わらず、破壊の嵐に見舞われ、自然の美も、人の感性も、その全てが
管理されていた生垣は荒れ放題になり、美麗な大理石の彫刻は崩壊し、丁寧に整えられていた芝はすっかりくたびれ、規則正しく置かれた石畳は黒くどろどろに汚れている。
自然とも人工ともつかない、調和すら失った半端な空間は、久しき客をもてなす事は出来そうになかった。
「……悲惨だわ。お茶会はお預けね」
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