第二章 ひとりぼっちのエルシエル【16】
やがてたどり着いたのは街外れ、そこには人家も店も無く、あるのは屋敷の廃墟だけ。
それは街の子供達に『幽霊屋敷』と称される、エルシエルの生家であった。
エルシエルはブランケットと路地裏で拾った縄を片手に、屋敷に帰宅した。
過去視を頼りながら暗い廊下を進み、全ての発端となったリビングへと帰り着く。
暗闇の中手探りで椅子を引きずりそれに腰掛け、ブランケットを抱きしめたまま、いつからか制御できるようになったエンデの力を発動。
色を取り戻した世界に写されたのは在りし日の両親の姿、エルシエルが向かう机に料理を広げ、幸せそうに談笑をしている。
会話の内容は取るに足らないくだらない物だ、我が子が可愛いとか、仕事の状況がどうだとか、将来の家族像と言った物である。
しかしそれでもエルシエルにとっては充分であった、過去の両親が自分の名前を口にしても反応する心は残っていなかったが、表情は幾ばくか和らいだように見える。
過去の世界の母が料理を口に運び、感激の声をあげる。
勧められた父もそれを口に運び、同じような感想を述べた。
そしてそれを作ったのであろう使用人の名を出し、腕をあげたと称賛を口にする。
憎しみや悲しみといった類の物とは無縁の暖かな会話を交わす二人に向かって、エルシエルは呟いた
「ご飯、おいしいね」
無論、
エルシエルが視ている世界は過去の物でしかなく、現在のエルシエルは何物も口にしていない。
だが、嘘でも、夢でも、例え虚構であったとしても、最後に少しでも両親と同じ時間を共有したかったのだろう。
しかし運命はいつだって皮肉な物だ、ここに来て、初めて微笑んだ。
何者にも届くことなく消えるはずだったエルシエルの言葉は、奇跡的に意味を持った。
『ええ、本当に美味しいわ。このグラタン』
『そうだね、また作って貰おうか』
如何なる話の流れか、両親がエルシエルの言葉に反応を示したのだ。
それは偶然であり、でたらめな欠片がたまさか噛み合ったに過ぎず、そう見えただけだ。
しかし偶然とは主観次第では奇跡にも言い換えられる。エルシエルにとってどちらだったのかは、彼女の頬を伝った一筋の涙だけが知るのだろう。
そのまましばらく両親の会話に浸ったのち、エルシエルはおもむろに椅子の上に立ち上がった。
それから机に昇ると、シャンデリアの
理由は勿論、自らの命を絶つためだ。
冷たい絞首台で死ぬよりは、仮初の温もりの中で死んだ方が幸せなのだ。
ゆわいた縄を首にかけ、机から飛び降りれば全てが終わる。
両親たちは食卓を挟んで幸せそうに笑い合っている、未来の同じ場所で我が子が自殺しようとしてるとも知らずに。
そんな二人を交互にじっくりと眺めてから、エルシエルは小さく呟いた。
「お父さん、お母さん、また一緒にご飯食べようね」
両親に別れを告げ、ブランケットを抱きしめながら縄を首にかける。
最後にもう一度両親を一瞥してから、魔法の発動を停止。
机の端に足を揃え。
飛び降りた。
そして、絶望に彩られた少女の物語は終わりを迎える。
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