第二章 ひとりぼっちのエルシエル【14】
「お前は俺の人形なんだよっ! 顔と中だけしか取り柄が無いクズがよっ!」
醜悪に満ちた聞くに堪えない罵声、しかしエルシエルは沈黙したまま。燃え盛り続けるライアに対して、エルシエルは死者のように熱を失っている。
首を絞められているにも関わらず、手をだらりと落としたままでされるに任せていた。
そんな彼女の様子が、ライアの怒りを更に煽り立てる。
「ふっ……ざけんなよっ!」
ライアはエルシエルに突き刺さる刃を自らの手で抜くと、怒りに手を震わせて刺した。
傷口を抉るように、肉を切り裂くように、骨を抉るように、何度も、何度も。
「なんで! お前如きがっ! 俺の人生を狂わせたっ!!! 俺は魔法と身分を持って生まれたっ、成功は間違いなかったのに!! 父さんの後を継いで、いい女を
短剣が体に刺さる度、彼女の小さな体が震えて吐息が漏れる。
「パーティーでいい女との婚約を取り付けて、全てが完璧に行ってたのにっ! そんな矢先にっ! お前が全てを狂わせたんだっ! ――――なんか言えよクソがっ!」
奇声と共に頭を乱暴に掻きむしるライア、怒りを意にも介さず支配されないエルシエルによほど感情を乱されているらしい。
彼は杖を乱暴に振り、エルシエルにかかっている魔法を全て解除。
幼い体が血濡れの地面に転がり、横たわる。
ぐしゃり、転がるエルシエルの腹部を踏みつけるライア、幼い体が
「あっ、かはっ……」
だがその程度の反応では満足できないのだろう、幾度となく執拗に踏みつける。
「てめえのせいでっ、全てが終わったんだよっ!」
ぎりぎりぎり、と力を増すライアの靴底に耐えかねたように幼い体が一段と強く震える。
びしゃり、血を吐いて空咳を重ねるエルシエル、消化器官が傷ついたのだろう。
ライアは人形のように転がるエルシエルから足を退けると、血濡れのドレスの胸元を掴んで無理やりに起こす。
「おい、なんか言えよ! 痛みに叫べよっ! 惨めな俺を笑えよっ! 俺はてめえを殺そうとしてるんだぞっ!」
人生を奪っておきながら、何をするでもないエルシエルに我慢の限界が来たのだろう、彼女を揺さぶり激情をぶつける。
だが、何をしようが、何を言おうが、エルシエルは何も反応を返さない。
許しを乞う事もしなければ、怒りも、謝罪も、
そう彼女は先程からぞっとする程に、感情を
「なんなんだよ……何なんだよお前はっ!」
怯えにも聞こえるその声は、震えていた。
やっと眼前の存在が自分の知るエルシエルでは無い事に気づいたのだろう。
彼は、
ライアは己の恐怖を振り払うように乱暴な手つきで、エルシエルの前髪を払い除けた。
そして、暴き立てられたエルシエルの表情。
――――それは、虚無であった。
表情には精神が宿っておらず、瞳は不気味に透き通っていた。
確かに宿っていたはずの、生気の灯火は完全に消えてしまっていた。
瞳孔の反射はあれど、その奥には何もない。
これでは反応を返さないのも当然である、彼女はもう虚空でしかない。
人という形を持った
彼女の瞳の奥底を覗いたライアは、
「アハハハハハアアッハハッ!! 滑稽だな! 俺は死者に話しかけてたのか! あーあ……なら、いい。お前は死ぬより酷い目に合わせる」
ライアはエルシエルを地面に捨て、もはや輪郭を失い始めている屋敷に身を投じる。
あれほどの大火にとなればそれは火刑と等しく、普通であれば帰っては来れないだろう。
しかし、しばしば狂人によって偉大な功績が打ち立てられるように、人の狂気は時に常識を屈服させる。
彼は、服を焦がし、赤髪を焼き、肌を痛々しく
胸に抱かれた本に刻まれた題は『孤独の書』ライアが入手し、継父が自慢していた物だ。
狂気に瞳を輝かせるライアは地面に打ち捨てられたエルシエルの目前に立つ。
そして彼は構える、エルシエルに対する復讐の凶器を。
それは杖では無く、拳では無く、ましてや足でもない。
一冊の本だった。
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