第二章 ひとりぼっちのエルシエル【9】
「そういえば今日は皆様にお見せしたいものがあります、中々面白い物品が手に入りましたので、皆様の
継父が手に持っていたベルを鳴らすと、男女の使用人がそれぞれ布を被った箱を、台車に乗せて表れる。
継父は
「さあこちらに持ってこさせたのは我がコレクションでございます」
コレクションの自慢は恒例行事なのか、示し合わせたように頷く客人たち。
「しかし、今回はただのコレクションではありません! つい最近、曰くつきの
いつもとは違った展開に歓声を上げ色めき立つ客人、彼らも貴族である以上は珍しい物品への好奇心は尽きないのだろう。
継父は上場な反応に口角を吊り上げると、片方の台車の箱の布を捲り、そこに
「さあ、前座はこの本です! これは息子が入手した曰く付きの一品でございます」
鳴り物入りで登場したのは、古めかしい装丁をした一冊の本。
『ほう、しかしただの本にしか見えませぬが……』
客人の一人が反応に困ったように歯切れの悪い言葉を返す、仰々しく語られる割にはただの古びた本にしか見えないからだ。
「ふふふ、見てくれははそうでしょう! しかしこれは死をもたらす危険な本なのです」
『ほう、死をもたらす本。ですかな』
「これの所有者の周囲では必ずと言っていい程大量の不審死が起きておりましてね。噂だと、この本は人を狂わせてしまうのだとか」
『なるほど、それは考えるだに恐ろしいですな……して、どんな内容なのです』
「よくぞ聞いてくれました、私も好奇心に駆られましてな、この本を開いたのですよ。そこに書かれていたのは――」
固唾を飲んで言葉の続きを待つ客人たち、継父その緊張の糸が張り詰めたのを見計らい、再び口を開く。
「書かれていたのは、意味不明な図形と読めもしない文字だけでしたよ。狂うも狂わないも、読めなければ関係ありませぬな」
あっけらかんと笑って見せる継父、一同は緊張の落差に振り回されて苦笑いで脱力してしまう。
『いやはや、お人が悪い……驚かされましたわい』『ええ本当に』『緊張して損しましたわ』
「はははは、これを競り落とした息子は中身がわかるようなのですがね。若者にしかわからない価値という物もあるのでしょう」
ひとしきり語り終えた彼は本を使用人に預け、下がらせた。
見計らったようにもう片方の箱が乗せられた台車が入れ替わりで差し出される。
その箱は先程の箱より明らかに大きい事が布越しでも伺えた。
「さあ、こちらが今日の本命でございます。美しくも恐ろしい
口上に興味をそそられ見逃すまいと黙りこくる客人達、その様子を肯定と解した継父はその布に手を掛ける。
「ここからは
意味深な台詞と共に布は取り去られ、その下に秘されていた物が露になる。
それは女の子供、いや、そう見える様に作られた人の形をした偽物。
黒い髪を湛え、美しいドレスを纏い、生気の籠らぬカーテシーを客へ披露するのは、七から八歳前後の背丈をした人形であった。
『これは、人形ですかな?』
客たちは目を剥き、子細に観察しようと一歩踏み出す。あまりに精巧な出来に、人形だと言われても信じがたいのだろう。
しかし毛先も揺れず、瞬きの一つもしない。それはカーテシーの動作を取ったまま凍り付いている。
動きもしなければ、喋りもしない、人形であることは明白だった。
「はい、人形でございます。どうでしょう、美しくはありませんか、上物でございますよ」
『確かに美しいですわ。わたくしも揃えておりますが、ここまでの物はあるかどうか……』
魅入られたように釘付けになる女の客人、よく観察しようと顔を近づける彼女に継父は笑って告げる。
「おや、気を付けた方がよろしいですよ。この人形は勝手に動くという噂がありますからな」
どうやら女の客人は怖がりだったようで短い悲鳴をあげて飛びのく。その大げさな反応に継父を含めた一同が大笑いする。
――――その瞬間、ここぞとばかりに身を潜めていたエルシエルが動き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます