第二章 ひとりぼっちのエルシエル【8】

 廊下に出ると、人はおらず、何処かから漏れだす賑やかな音声が反響するばかりだった。

 音を辿ると、エルシエル部屋からさほど離れていない大扉から漏れ出ていた。


 エルシエルはそっと扉を開き中を伺う。部屋の中はステージを構えた大広間になっており、ステージ上の楽団が奏でる音楽の中で大勢の人間が歓談していた。


 人間達は皆一様に豪奢な服装をしており、貴族の客人であることが伺える。

 料理の乗った皿やワイングラスを片手に持って愉し気に言葉を交わす彼らの傍には、純白のクロスで化粧をしたテーブルが規則正しく並び、その上にはエルシエルが見た事のないような豪華な食事が惜しげもなく並んでいる。


 ごくり、思わず唾を飲み込むエルシエル。扉から覗いたまま料理に手を伸ばしかけるが、途端に継父の顔がよぎ叱責しっせきの声が脳裏に再生され、力なく手を降ろす。


「やあー! 皆さん、お集まりいただき感謝します! 楽しんでいただけてますでしょうか」


 妄想と同じが聞こえ、びくりと体を震わせるエルシエル。

 見ればすぐ近くに継父が立っている。エルシエルに気づいていない様子で、自分の招待した客に挨拶している。

 客の貴族が催しへの称賛と共に挨拶を返すと、満足そうな様子で言葉を続ける。


「今日は我が自慢の息子ライアの誕生日ということで、このような宴を催させていただきました。彼を見つけたら祝ってやってください」


 継父の言葉に、貴族たちはそれぞれ祝いの言葉を口にする。


『それは、おめでたい』『そろそろ成人の齢ですな、我が娘なんていかがだろうか』『先程見かけましたよ、あなたに似て精悍せいかんなお顔つきになりましたな』

「はっはっは、皆さん、お上手ですね」


 継父達が楽し気に談笑する一方、盗み聞きしていたエルシエルはままならない感情に襲われていた。


「おにい、さまの、誕生日……?」


 エルシエルは年齢にしては賢い子であったから自分とライアの間に埋められぬ差があることはよく理解していたし、それを身を以て体験して来た。


 しかし、自分の誕生日は一度たりとも祝われた事は無いにも関わらず、ライアの誕生日にはそれだけで盛大な宴が催されている。その格差をはっきりと目にしてしまえば我慢など不可能だった。


「わたしは祝ってもらえないのに」


 抑えられなくなった感情が言葉として溢れ出す、怒りとも悲しみともつかない感情が彼女の中に沸き上がった。

 だからといって彼女に大それた行動を取るだけの力も知恵も無い、しかしささやかな反抗を決意するには十分だった。


「……ちょっと分けて貰うくらい、いいよね」


 エルシエル食事に誘われ、会場の内部へと足を踏み入れる。

 先の事件のせいで彼女が見つければ大騒ぎになりかねないが、客は談笑に夢中な事に加え、彼女の背丈が小さいのが手伝って気づかれていないようだ。


 それから料理が並べられた机の影に隠れ、神妙しんみょうな面持ちで継父の様子を伺う。

 彼や客に気づかれずに料理を盗み出そうと画策しているのだろう。


 継父達の会話は社交辞令しゃこうじれいを終え、そろそろ本題に入ろうかというところであった。

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