第二章 ひとりぼっちのエルシエル【6】
「チッ。いい加減ふざけるのはやめろ。失せろよ」
しっしと追い払うような動作をするライア。
だがどれだけ邪険にされようとも、エルシエル訴える事を止めない、身を乗り出して捲し立ててる。
「ふざけてなんかないよ、本当にいるの!」
否定すればする程しつこさを増すエルシエルに嫌気がさしたのか。身を乗り出した彼女を威嚇するように拳を構え、語気を強める。
「うるさいっ、黙れっ!」
しかしそれでも食らいつくエルシエル。たじろぎ泣きそうになりながらも、払い除けようとする手を受け止め、自分の見た光景を必死に伝える。
「なんで信じてくれないの! 本当にいるのっ」
遂に言葉に通じたのか、ぴたりと動きを止めたライア。
彼は気の抜けたような声を漏らして硬直する。
「はっ……?」
なし崩し的にエルシエルと手を繋いだまま、身じろぐ彼の視線の先には空のベンチ。
いや、今の彼にとってはもう違う。
それは過去に在った景色、既に失われた情景、しかしエルシエルと力を共有してしまった彼には彼女と同じ光景を余すことなく認識出来ていた。
「どうなってんだ……?」
「よかった、わたしがおかしいんじゃなかったんだね」
エルシエルは安堵の表情を浮かべる、ライアの困惑ぶりから自分と同じものが見えていると察したのだ。
ライアは一言も返さない、視界の
自分の見ている物が信じられず目を擦るライア、そのはずみでエルシエルの手が離れ老人の姿が綺麗さっぱり消失する。
彼はまたもや姿を変えた風景に眉を顰め、エルシエルに問う。
「おい、お前にはあの老人がまだ見えてるのか?」
こくりと頷くエルシエル、それと同時にライアはその瞳に光る文様に気づく。
何かを思いついた様子の彼は口角を吊り上げると、エルシエル手を取り、ベンチに目をやる。
それから手を離して再び同様の行動を取り、我が意を得たりと愉しげに呟く。
「なるほど、エンデ……か」
ライアが呟いたのは知る由も無いはずの単語、魔法を否定する国に生まれた彼がその言葉を知っているのは何故なのだろうか。
呟きの意味が理解できず首を傾げるエルシエル、そんな彼女に対してライアは
途端、ライアは予想だにしない行動に出た。
「うあああっ! こいつ魔法使いだっ! 呪ってくるっ、呪われるぞっ!」
椅子を倒す勢いで立ち上がり、騒ぎ立てながら
「幻影を見せられたっ! 頭を狂わせてきたんだっ!」
騒ぐライアに気づき、ざわざわとどよめきを見せる列席者達。
列席者達の多くは魔法に苦しめられた当事者であり、しかも彼らを苦しめたのは見えない魔法である呪いだ、魔法その物が見えなくてもその単語だけで混乱を引き起こすには十分だった。
がたがたがたっ、近くの椅子に座る人間達は悲鳴混じりにエルシエルから離れ、
「こっち見てきたっ! 殺されるっ!」「馬鹿! 見ないふりしてろっ!」「おいっ、あいつの目おかしいぞっ!?」「呪いじゃ……呪いじゃあ……」
エルシエルから少し遠い所に座る者達は好き勝手な言葉で彼女を恐れた。
「え……? え……?」
状況に理解が追い付かないエルシエル、彼女が呆然としている間にも周囲から人が離れていく。
もはや葬式は体をなさない、エルシエルの周り列席者は席を離れ、遠巻きにいる人間達は根拠のないひそひそ話を交わし、牧師すらも恐怖を顔に張り付けて言葉を止めてしまっている。
「なんで……みんな……」
人だかりに穴をあけ、一人で呆然するエルシエル。
彼女が自分から離れてしまった人達に
その悲鳴は、彼女が完全に世界から捨てられてしまった何よりの証明だった。
どうしていいかわからず泣きそうな表情のまま呆然と立ち尽くすエルシエル。
先程まで恐慌状態だったはずの、しかし全ては演技でしかなかった彼は、孤独に立ち竦むエルシエルを眺めて小さく笑った。
唯一の理解者とも言える彼は、誰よりも彼女の孤立を望んでいたのだ。
見事その
「はははっ! はははあっ! これで名実共にひとりぼっちのエルシエルってわけだぁ!」
どよめく周囲に混じって、ライアは一人笑っていた。
「ふぅん」
その狂騒を、建物の影から観察する者がいた。
血の気のない肌に、漆黒に塗られたドレスを纏ったそれは、興味深そうに声を漏らした。
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