第二章 ひとりぼっちのエルシエル【5】

 とある日の昼下がり、『平和の場』と呼ばれる広場は何時にない程に人で溢れていた。

 人々の多くは悲し気な表情を浮かべていて、中には嗚咽おえつを漏して止まない者もいる。


 その人だかりの中心には黒塗りの棺桶とそれを取り囲む花の山、そのすぐ近くには無人になってしまったベンチ。

 棺桶の中に眠るのは髭を蓄えた老人、この国にかつてのさばっていた外道に落ちた魔法使い達を撃退した英雄である。


「彼は、この国に呪いを放った魔法使い達に勇敢に立ち向かい、見事に勝利しました。しかし、そんな英雄も老いには勝てませんでした」


 牧師が彼の来歴を語ると、悲しみの声が一層大きくなる。


「彼はもう居ません。だから我々は彼の死から立ち直り、魔法の無い平和を維持しなければならないのです」


 今は魔法が無いこの国にも、かつては魔法使いがいた。

 その者達は自らの力におごり、魔法で呪い振りまき、人々を苦しめた。

 呪いという魔法は厄介な性質を持つ。多くの場合目には見えず、人に宿り、宿主を病理のように苦しめる魔法なのだ。


 姿見えない脅威は魔法を解さない人々にとっては恐怖以外の何物でも無かったのだろう、この国の魔法を忌避きひする風土は彼らという暗い記憶のせいであった。

 棺桶の中に眠る彼はそれに立ち向かい、追放し、魔法が一切ない国を作り上げたのだ。


 そして、その最終決戦の舞台となったのがこの広場である。

 それ故、彼はこの広場を平和のいしずえとして愛しており、老後には広場を見渡せるベンチに腰掛け、街の人々を来る日も来る日も優し気に見守っていた。


 その姿はこの街の象徴にもなっており、彼を模した像が立っていたり、ここが葬式の会場になっているのはそのような理由からであった。

 招待された列席者れっせきしゃは彼とゆかりのある人間や、ライアの一家を含めた貴族の者達。


 当然、エルシエルも列席しており、彼女は場に響く声に耳を傾けていた。

 それは牧師の声、彼はどれだけの偉人が死んでしまったのか、それが如何に悲しい事なのかを語り続けている。

 

 しかしエルシエルは彼の語る内容に、疑問を覚えていた。

 毎日のように広場を訪れていたエルシエルは決して棺桶の中の人物を知らないわけではなく、年齢の割にはさとい彼女は死という概念がいねんが理解出来ないわけでもなかった。

 

 だが、彼女の頭の中には疑問が渦巻いていた。

 そんなエルシエルを置いてけぼりにしながら、牧師は滔々とうとうと語る。


「彼はこの街を愛し、そのベンチからいつも我々を優しく見守ってくれていました。我々からはもう見えなくなってしまいましたが、きっと彼はいつでも我々を見守ってくれていることでしょう」

「何を言ってるんだろ……?」

 

 エルシエルはぼそりと呟き、困惑が現れた動作でベンチと牧師を交互に見やる。。

 牧師の言葉と己の認識の乖離かいりが解決できず、強烈な違和感に駆られたエルシエルは、隣に座るライアにそっと耳打ちをする。

 

 ライアは眉をひそめてエルシエルに振り返る、相手をこころよく思っていないのはエルシエルも同じだが、他人の言葉を確かめざる負えなかったのだ。


「このおそうしきって、誰のなの?」


 ライアは意図の見えない質問にいらついたのか、蔑んだ表情で罵倒を口にする。


「はあ? 何言ってんだ? あのベンチにいっつも座ってた年寄りの葬式だろ、そんな事もわかんないのか、愚妹が」


 それでもエルシエルは納得できないようで、困った表情をする。


「でも、おかしいよ」

「はあ……? 何言ってんだお前、遂におかしくなったか?」


 いつまでも要領を得ないエルシエルの発言に顔をしかめ、機嫌悪く吐き捨てるように返すライア。


 だがエルシエルの言動は変わらない、縋りつくように必死に言葉を訴える。

 不思議な文様エンデの力をを、虹彩こうさいに浮かべながら。


「でもさ、あの人、今日もベンチに座ってるよ?」


 エルシエルが指さしたのは棺桶の近くに佇む空っぽのベンチ、既に主を失った四つ足。

 しかしエルシエルにとっては違った。


 彼女にとっては牧師が死したと語る人物は今もベンチに座っているのだ。

 そう、それはエンデの力、場の過去をる魔法が発動したが故だった。

突如として力に目覚め、本人の意思とは関係なく発動してしまう。エンデの幼少期によく見られる傾向である。

 

 そしてエルシエルは、今この瞬間にそれに目覚めたのだ。

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