第二章 ひとりぼっちのエルシエル【3】

 そんなエルシエルの様子を、屋敷の三階にある部屋からライアとその友人三人が見下ろしていた。

「見ろよ。今日も頑張ってるぜ、滑稽だな」

 ライアがエルシエルを馬鹿にすると、愉快そうに友人の一人が追随する。

「おいおいまたかよー! いい加減学べばいいのにな、誰も愛してくれないって!」

 その言葉に、残りの二人の友人が下卑げひた笑い声をあげる。

 ライアの部屋はエルシエルがよく出没する広場に面しており、こうやってエルシエルの様子を見下ろす事はお決まりの遊びだった。

 弱者を嘲るという趣味に貴賤きせんは関係ないのだ。

 友人たちがひとしきり笑い終えると、ライアは悪辣あくらつな笑顔を浮かべる。

「おい、おまえら。この前街に出た時に知ったんだけどよ、あの愚妹ぐまいが街のガキの間でなんて呼ばれてるか知ってるか?」

 問われた友人達は他の友人と顔を合わせ「知ってるか?」「知らない」などとの言葉を交わしてから、一人が代表して言葉を返す。

「いいや、知らないな。なんて呼ばれてるんだ?」

 ライアは心底たのしそうに、笑いを堪えながら答えた。

「曰く。ひとりぼっちのエルシエル、だってよ」

 ライアの言葉を聞いた途端、転げまわるように大笑いする友人達。

「はっはは! 傑作だな!」

 その後も、愉悦ゆえつ交じりの笑い声は日が暮れるまで断続的に続き、日が傾いてエルシエルが広場を去るまでは絶えなかった。




 日が没し、ライアの友人達は帰り、子供たちが広場から姿を消した頃。

 エルシエルは重い足取りで自らが住まう屋敷に向かっていた。その鈍重どんじゅうな歩みは屋敷で彼女を待つ物が原因であり、彼女が部屋に居る事を嫌った理由でもある。

 とはいえ、門限までに帰らなければより酷い事になることをよく理解しているエルシエルにそれ以外の選択肢は無かった。

 玄関前に辿り着いたエルシエルは重そうに扉を開くと、俯きながら玄関をくぐった。

「やっと帰って来たか、愚妹が」

 エルシエルを迎えたのは、乱暴な言葉。

支配欲を滾らせた瞳で彼女の帰りを待っていたのは、兄のライアだった。

 その声に怯えたように体を震わせて、不安そうに顔をあげるエルシエル、その表情に嗜虐心しぎゃくしんを刺激されたライアは舌なめずりをする。

「おい、体を貸せ」

 下卑たライアの要求、涙を浮かべて首を振るエルシエル。

「あれ……やだ……」

「口答えをするな。お前は俺の所有物だ、今も未来もな」

 ライアは嫌がるエルシエルの髪を乱暴に掴むと、苦悶くもんの声を無視して廊下の奥へと連れて行く。

 抵抗する素振りすら見せず、ただ静かに涙を流してされるがままのエルシエル。

 ああ、悲しいかな。

 この場においてライアは絶対であり、神にも等しかった。

 エルシエルがどれだけ泣こうと、喚こうと、彼女を救う者もいなければ、ライアの横暴を止める者もいない。

 彼にとってエルシエルは支配欲と肉欲を受け止める人形でしかなく、彼女はどんな事をされようが、あるいは花を散らされ血を流してもただ黙って耐えるしかなかった。

 エルシエルはただ、夕餉ゆうげを告げる鐘が獣をなだめるのを待つしかないのだ。

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