第二章 ひとりぼっちのエルシエル【2】

 窮屈な現実を逃避し、無意味な時間を過ごす為に外出する、人間の悲しきさがだ。

 いつしか、屋敷から見下ろせる程に近い場所にある『平和の場』と呼ばれる広場に差し掛かった。


 昼下がりの広場は混雑しており、盛況な様相を呈している。

 仲良く追いかけっこをする少年に、カフェのテラスで盤を使った遊戯に興じる大人、屋台の装飾品を手に取りあーでもないこーでもないと議論する少女達、ベンチに座ってそれらを穏やかに眺める髭を蓄えた老人。


 ほのぼのとした光景ではあったが、他国を知る旅人から見ればいささか奇妙に映るだろう。

 なにせ杖を持つ者も、魔法を使う者も居ないのだ、魔法という技術が普及しているこの世においてはこの国は少数派であることは間違いない。


 それは魔法を忌避きひし追放しようとするこの国の風土故であった。

この広場の中央に建てられている英雄の像が、杖を掲げ二つに折るという動作を象っているのはその象徴だった。


 エルシエルがぼうっと広場を眺めていると、ふと、とある少女に目が行く。

少し遠くから母親に見守られながら、たった今初めてのお使いを終えた少女だ。


 その少女は一人で買えたリンゴを宝物のように掲げて、見守っていた母の元に向かう。

 母は大げさなくらいに感動した様子で娘を迎え、娘は満面の笑みで母に抱きしめられる。


「いいなあ」


 その母子を眺め、エルシエルは羨ましそうに呟いた。

 エルシエルはただ褒められたい、抱きしめられたい、それだけなのだ。


 それを愛されたいと呼称するのだが、愛されたことがないエルシエルはその感情を表す術すら持たなかった。

 エルシエルが羨ましそうに眺めていると、母に抱きしめられていた少女は友人らしき子供に声をかけられる。


 少女は母と何かしらのやり取りをした後、その子供の輪に加わる。

 お使いの練習をしていたら友人に遊びに誘われ、それに加わった。といったところだろう。


「わたしも、遊びたいな」


 その光景に彼女の胸の内がつい口をついた、それと同時に苦い記憶が脳裏をよぎる。

 以前、同じ思いを抱いた彼女が同年代の子に声をかけた時の出来事だ。


「わたしも仲間に入れて欲しい」


エルシエルの言葉に対し、男の子の一人はこう答えた。


「やだ! お前きぞくだろ! きぞくとは関わるなって母ちゃんに言われてるんだ!」


 そして、女の子の一人はこう答えた。


「あー、ごめんね? 用事思い出しちゃった。また今度ね!」


 表現に差異こそあるが、結局の誰一人としてエルシエルを受け入れなかった。

 それはエルシエルが貴族であるからだ。この国の庶民は貴族の馬車に轢かれて死んだとしても文句は言えない、それ程に身分の格差がある。

 

 だから万が一でも彼らと争うような事があってはならない、関わってはいけない、というのが市民の不文律ふぶんりつとなっており、それは子供にも徹底的に刷り込まれている。


 貴族だと気づかれない為にドレスを脱いでも、エルシエルの家系は有力貴族ということもあり、必ず誰かに気づかれ、結局ひとりきり。

 それ故、エルシエルは孤独だった、家族からは冷遇され、市民からは避けられる。


 だからこそなのだろう。必要とされることに渇望していた。

 その耐えがたい渇望は、苦い記憶に足踏みをする彼女が行動を起こすに十分なのだ。


 仲良く追いかけっこしている男の子達の元まで歩んだエルシエルは、躊躇ためらいを振り切って声を張り上げる。


「わたしも仲間に入れて欲しい」


 突然現れたエルシエルにしばし硬直する少年達。それは突然声をかけられたことの困惑だろうか、それとも貴族に声をかけられ答えあぐねているのだろうか。

 しばしの沈黙を挟み、口を開いたのは少年達を纏めている大柄の少年だった。


「なあ、追いかけっこ飽きたし、幽霊屋敷で肝試しでもしようぜ!」


 少年が口にしたのは文脈の繋がらない言葉、要するに無視という形での返答だった。

 言うが早いか逃げるように駆けだした大柄な少年に他の子供達が続く、我先に足早に消えていく。


「あ……」


 寂しげな声と誰に届くでもなく伸ばされたエルシエルの手、これで拒絶されるのは何度目だろうか。

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