第二章 ひとりぼっちのエルシエル

第二章 ひとりぼっちのエルシエル【1】

 とある国のとある街に、豪奢ごうしゃな貴族の屋敷が建っていた。

 荘厳そうごんな庭園に囲まれ、華美かびな装飾が施された屋敷だった。


 建築に起用した建築家は最上級、外装の細かい装飾は何百もの彫刻家を雇って作成されており、窓一枚とっても平民が五年で稼ぐ額がかけられている。

 その屋敷を囲うように存在する庭園も負けず劣らずぜいを凝らした作りで、各地から取り寄せられた花が絢爛けんらんに咲き誇り、白亜の彫刻がように照らされ煌めいている。


 ここを訪れる客人の殆どは目が肥えた貴族にも関わらず、一人とてこの屋敷を称えなかった者はおらず、風の噂によれば王すら嫉妬したという。

 そんな屋敷の一角で、高価な服を着た少女と少年が机に並び勉強の為に本を捲っていた。


 少女の年齢は目測で十から十二、少年は十二から十四といったところか。

 二人は同じ空間で同じことに取り組んでいるが、それぞれを取り巻く環境は全く違う。


 赤髪の少年の傍らにはお付きのメイドが常に控えており、暖かな紅茶と、色彩豊かなケーキが積まれたケーキスタンドも用意されている。

 しかし、隣の青髪の少女の周りにはケーキも無ければ紅茶も無く、お付きのメイドも存在しない。


 待遇も違う、例えば家庭教師の出した問題の回答を間違えたとした場合、家庭教師は赤髪の少年には優しく訂正するが、青髪の少女には冷淡なそしりを向ける。

 赤髪の少年が手を叩けば、何を望む事も出来る、息抜きのマッサージでも、紅茶を冷まして貰うことすらも。


 だが青髪の少女が手を叩いた所で何も起きず、勉強を拒めば跡が残らぬ程度に指導を受ける事になる。

 同じ机で勉強をしている二人だが、そこには圧倒的な格差があった。


 とはいえそれは仕方が無いことだった、赤髪の少年がこの家の嫡男ちゃくなんであり、青髪の少女は養子に過ぎないからだ。

 からん、鐘が鳴った。勉学の終了を告げる鐘だ。


「終わったー! おい、メイド! 片づけておけ!」


 赤髪の少年は値の張るペンを投げ捨て、本も閉じぬままに立ち上がるとメイドに片付けを命じて部屋から出て行こうとする。

 それと時を同じくしてドアが開かれ、細身で鋭い目つきをした男が部屋に入って来る。


「父さん! あの本はもう全部覚えたぜ!」


 赤髪の少年が自信満々の表情で男に近づくと、父さんと呼ばれたその男は微笑みを返す。


「流石は私の息子だな、その調子で頑張れよ、ライア」

「言われるまでもないぜ、いつかは俺がこの家を引っ張ってくんだからな!」


 根拠のない自信をみなぎらせた笑みを浮かべる少年。

 男は屈んで少年と目線を合わせると、頭を撫でた。


「心強いな、楽しみにしているぞ。それと、いつもの友人が来ていたからお前の部屋に通しておいたぞ」

「ありがとう父さん、あいつらはいっつも早く来るんだ」


 そう言って廊下に消えた息子を見届けた男は、未だに机に向かう青髪の少女の元へと向かう。

 その表情からは息子に向けた慈愛は消え失せており、憎悪に満ちていた。


「おい、今日は何処まで進んだ」

「おとうさま、今日はここまで進みました。がんばりました」


 青髪の少女は目の前の本を開いた状態で男に差し出す。

 冷淡な瞳でぺーじめくる男を、少女は期待の視線で見上げた、評価の言葉や行動を心待ちにするように。


 少女にとって今回は渾身こんしんの出来であり、自信があるのだろう。

しかし、男にとってはそうでなかったようだ、男は冷たく言い放つ。


「この程度か。これで満足するな、わかったな」

「……わたし、がんばったのに」


 ぽつりとつぶやく青髪の少女、確かに彼女は幼い身で出来る限りの努力していた。

 実際、隣にいた赤髪の少年の二倍は進行しているだろう。

 それでも男はそれ以上を求める、与える事無く、ただただ求める。


「言い訳はするな、家長に言い訳するような女は使い物にならんぞ」


 男はにべもなく断ずると、やはり冷たい口調で命じた。


「もういい、さっさと部屋に戻れ。エルシエル」


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