第一章 破滅を誘う白翼【9】

「なんで滅んじゃったんだろうね」


 エルシエルが口にしたのは素朴な疑問。

この国は間違いなく順風満帆じゅんぷうまんぱんだったはずだ、敵国を退け、英雄が誕生し、亜人と和解できていたのだから。

 にも関わらず、なぜ滅んでしまったのだろうか。


「そんなことどうでもいいじゃない! それよりあの二人の新婚生活が気になるわ、きっと五秒に一回は愛を囁いているわよ! ああ、新婚旅行はどんなところかしら、家庭ではどんな料理を作るのかしら、二人はどんな子供を育てるのかしら、妄想が膨らむわ!」


 二人の未来を妄想し、熱く語るリタ。

 愛を求めるその性格故か、彼女は他人の恋愛事に興味津々で、琴線に触れるような事象を見つけるとこうやってやかましくなるのだ。

 人形の冷たい肌は無感情を想起させるが、彼女はそういった言葉とは縁はないだろう、むしろエルシエルの方がよほど似合う。


 興味なさげにぼうっとするエルシエルと、誰に聞かせるでもなく喚き続けるリタ。

 なんともちぐはぐな二人に向かって、ひゅう、と式場の割れた窓から風が吹き込んだ。


「きゃっ!」


 エルシエルの青髪が踊り、リタの黒髪とドレスのスカートが膨らむ。

 その風に流されどこからかやって来たぼろぼろの紙束がリタの汚れたブーツに張り付いた。


「何かしら、これ」


 リタはそれを拾い上げ、広げる。

 それは新聞紙だった、この国が滅ぶ前に発行されたものだろう。

 その記事をしげしげと見たリタは、一言。


「……エル。この国が滅んだ理由、わかったわよ」

「そう」


 リタが手に持つ記事を覗き込むエルシエル。けれど新聞に使われるような堅い文章は難しかったようで首を傾げるばかり。

 エルシエルは年齢にしては文字を読める方なのだが、やはり難解になりやすい新聞の文章は難しいのだろう。


「エル、あなたにはまだ難しいわよ。でも……そんなあなたも可愛いわ」


 リタはくすくすと笑って、新聞紙の内容を読み上げる。

 ある程度の文字しか読めないエルシエルと違って、リタは平均的な文章を読めるだけの知識があるのだ。


「エル、記事を読み上げるわね。――――驚異的な活躍で我らが祖国を悪辣あくらつな隣国から救った第三聖剣部隊の隊長と亜人の副隊長、彼らはその功績によって英雄と称えられ、亜人種への扱いを見直させる切っ掛けを作った。


 我々は古来より伝承に従って亜人を拒絶し、悪としてきた。しかし、こうやって再考の機会を得てみるとおかしい物に思えた、拒絶する明確な根拠はなく、彼らは悪などでは無かったのだから。本当に悪なのであれば亜人が我らの祖国を救った事に説明がつかない。


 だからの隊長が亜人の迎え入れと共生を提案した時、我々は諸手もろてをあげて賛同した。そうして異種族と、その文化と融和した我々は一時は繁栄を謳歌した。だが、我々は浅はかだった、根拠なしと思われた伝承には根拠が無かったのではなく、長い時代の間で伝承から抜け落ちてしまっていただけだったのだ。


 その抜け落ちた根拠は、遥か昔にこの国の人間の三割を死滅させた大疫病にある。あの疫病がどこから来た物なのか今まで不明とされていたのだが、最近の研究ではっきりとした、あれを持ち込んだのは亜人だったのだ。


 当時の人間達は亜人が持ち込んだのだと見抜き、今後亜人と関わらないように伝承を残していた。しかし我々は伝承の一番重要な部分を忘れ形骸化けいがいかした伝承を批判し、こともあろうに亜人と大規模な融和を図った。


 その結果が今の惨状だ、この国は再び疫病に苛まれ現時点で国民の四割が死に至った、彼の英雄も王も病床に伏し、なおも止まる気配はない。


 更に追い打ちをかけるようにあの疫病は姿を変えた、本来であれば亜人は症状を発症する事は無いにも関わらず、今回の疫病は亜人すらも発症し、融和路線で迎え入れた亜人の半数は既に倒れた。医療協会が対応策を実施すると発表しているが、果たしてどうなるのであろうか―――だ、そうだわ。……どう、わかったかしら」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る