第一章 破滅を誘う白翼【7】

 エルシエルは再び魔法を発動、風景がかつての物に塗り替わる。

 再び視えた過去の牢には多少の変化が生じていた。牢に囚われ俯く白翼の少女の背丈が少し大きくなっているのだ、先ほど視た過去より少し時代が進んだのだろう。

 

 かつ、かつ、かつ、硬い足音と共に誰かが牢の前に現れた。

 少女は牢の前で止まった靴音に気づき、嬉しそうに顔をあげた。誰が来たのか把握しているようだ。


 やはりというかそれはあの時の青年だった、しかしもう青年と呼べるような見た目では無い。

 背は見違えるほど伸び、体格も良くなり、上等な軍服に幾つもの階級章をつけている、その総数はあの部屋で所長と呼ばれていた人間より多い。


 顔も例外ではない、青年だった頃の面影は色濃く残っているものの、より男らしい顔つきになっている。

 だが一番変わったのは瞳だった、かつてのような純粋な瞳ではなく、地獄の罪人のような光の失せた瞳だった。


 彼は片手にサーシャという名の刻まれた軍服と軍帽を抱え、ベルトには鍵を携えていた。


「サーシャ、君に招集しょうしゅう命令が出ている。これを受諾じゅだくする場合、君は直ちに王に仕える軍人となり恩赦おんしゃによって釈放される。これは第三級命令である、拒否も可能だ」


 サーシャと呼ばれた白翼の少女は、その言葉で笑顔を失う。あるのは悲しみの色のみだ。

 彼は泣きそうな表情でサーシャのけがれ無き白翼を見つめ、言い訳のように軍規の一つを口にした。


「新部隊の設立時、その隊の隊長の要請であれば罪人の召集しょうしゅうも許可される――俺は戦争で幾つもの戦果をあげて部隊を率いる立場まで登った。けれど今の俺の力でも君を救う手段はこれしか無かったんだ。所属部隊は第三聖剣部隊、敵軍に強襲をかけ切り込む部隊――言ってしまえばこの戦争の劣勢を押し返すための使い捨て部隊だ」


 血が滲むほどに拳を握り、彼は悔しそうに語る。

 少女は遂に涙を流し始め、嗚咽を漏らすばかりで何も答えない。


「頼む、受けてくれ。サーシャ。戦いに参加すればきっと君の美しい翼を血で穢してしまうことになるだろう、そしてそれは君の血かもしれない……でも、この手しか無かったんだ」


 彼としてもこんな形で解放するのは本意では無いのだ、握り込んだ拳から血が伝い、軍服の袖を濡らす。

 しかしどんな言葉で取り繕おうとサーシャの涙は止まらない、それもそうだろう、不当な扱いから解放されど死と隣合わせの場所に放り込まれるのだから。


 安全の保障されない自由か、自由の保証されない安全、果たしてどちらが幸せなのだろうか。


「サーシャ、泣かないでくれ、君が自由を望むなら俺が全力で守るから……俺は、君を守る為だったら命だって払ってみせるって決めたんだ」


 懺悔ざんげのように紡がれる彼の言葉に、やっとサーシャは顔をあげた。

 言葉の内容に救いを見出したのではない、むしろ、逆だった。


「違う……違うよ……私が泣いているのは怖いからではないよ」

「では、なぜ……」

「私が泣くのは、あなたが辛そうだからだよ」


 予期せぬサーシャの言葉に、彼は困惑を浮かべて、佇む。


「俺……が? 君に比べたら、俺なんて……」

「じゃあなんで血が滲むほど拳を握るの? それに、あなたはそんな目をする人じゃなかった」


 彼は自分の手を見て震えた、手が血濡れになっていることに今更気づいたからだ。

 得てして人は、遠くを見過ぎていると手元が見えなくなってしまう物なのだ。


「……」


 サーシャは拘束具をガラガラと鳴らしながら、自分の手を彼の手へと力の限り伸ばした。


「私はその召集を喜んで受けるよ。あなた隣で、その痛みを拭いたい」


 そこで過去の幻影は途絶えた、とはいえ見たいものは殆ど見られただろう。

 リタは夢見ごごちな表情で息を吐く、この上なく幸せそうな笑顔だ。


「ああ、とっても楽しかったわ!」

「満足した?」


 その問いに対し、リタは笑顔を浮かべて当然とばかりに答えた。


「いいえ、全然! 続きを探しに行きましょう!」

「……ここには無いの?」

「多分もう無いと思うわ、だって戦争に行ってそうだもの」


「じゃあどこに?」


 リタは興味なさげなエルシエルの手を掴み、満面の笑みを浮かべた。


「わからないわ、けれど探すのも面白いじゃない!」

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