第一章 破滅を誘う白翼【6】

 エルシエル達がそれを追うと、青年は再び少女の牢の前で佇んでいた。

 しかし先刻とは違い、青年は少女に向かって頭を垂れていた。

 少女は青年の動作の意図が掴めず、困惑した様子を見せている。


 少年は少女の困惑など気づかない様子で、体を震わせその身を押し潰さんとする後悔を吐き出す。


「ごめんなさい、君にこんな仕打ちをするなんてこの国は間違っている。この国の一員として謝らせてください」


 鬼気迫った表情で口にしたのは謝罪。少女はやっと気づく、この青年は自分の待遇を嘆いてくれているのだと。

 少女は息を呑んだ。理不尽な仕打ちに心を痛めてくれる人間についぞ会ったことが無かったのだろう。


「なんて謝罪をすればいいか……僕はこんな酷い事が現実に起きているなんて思いもしてなかった」


 自らの事かのように苦しげに言葉を紡ぐ青年。そんな真摯しんしな態度に心を動かされた少女は久方ぶりに口を開いた。


「……顔をあげて、悪いのはあなたじゃないよ」


 侮蔑ぶべつを覚悟していた青年にとっては予期しない言葉、彼は泣きそうな顔をあげ、自らと彼女をへだてる牢に縋りつく。


「僕は馬鹿だった! 兵役で牢番になったとき一目君を見てやろうと思ってた、国を滅ぼすだなんて亜人はどんな化け物なんだろうって! でも、でも、君は化け物なんかじゃなかった! 君のような可憐な女の子が化け物のわけがないんだ! なのに、僕は伝承を信じ込んで亜人きみたちを化け物だと思っていた!」


 悔しさか、罪の意識か、けがれを知らぬ青年の瞳から涙が零れ、頬を伝う。

 これが高貴な涙なら美談として価値を持つが、無力な青年の涙に価値は無い。


 それは世界に一滴たりとも影響を及ぼさず、彼の自己満足に終わる定め。

 けれどもそれは間違いなく彼女の心に波紋を作り、数年ぶりに彼女の笑顔を呼び覚ましていた。


「いいの、いいんだよ、気づいてくれたなら。私はそれだけで満足だから」


 しかしそれは薄い笑顔、彼女の心の底の諦観ていかんを拭えたわけではない。彼女が欲しいのは自由であり、謝罪ではないからだ。


 とはいえ彼女だって理解している、自分の解放は簡単では無いと。

 だから謝罪だけでも彼女は歓喜し、ゆるした。


「よくない、よくないよ……!」


 だが青年は諦めなかった、理不尽な境遇に置かれた他人に涙出来るような愚かさを持っていた彼は、知ってしまった不条理から目を背けるような事は出来なかった。


 彼は彼女を見据え、決意を瞳に秘め、拳を握り、理想を叫んだ。


「待っていて、僕は必ず君を助けるから! 君は僕を許してくれた、なら僕は君を救う! 今は無理でも、いつか必ず!」


 彼の誓うと同時に過去の世界は泡沫うたかたと消え、現代の廃墟がその姿を取り戻した。

 エルシエルの魔法は不安定だ、暫く発動していると勝手に消えてしまうこともままあった。


 だがリタは十分に楽しめたらしく、熱っぽく口を開く。


「惚れてるわね、彼。あんなにかっこいいことを言ってしまうんだもの」

 

 リタは恋する乙女の如く頬に手を当て、甘くとろけた表情を浮かべる。普段の凛々しさはどこへやらだ。


「そうなの? よくわからない」

「ふふ、エルにはまだ早いのかもしれないわね」


 くすくすと笑うリタ、エルシエルは興味なさげに尋ねる。


「まだ、視るの?」

「もちろんだわ、もしかしたらもっと良い場面があるかもしれないもの! キスとか!」


 人形という存在のさがなのかリタは愛され、大事にされることを強く求めている。

 だからこそエルシエルと一緒に居るのだが、その特性は彼女の行動や趣味嗜好にも出ており、こういった愛の匂いを孕んだ物をリタは求めて止まなかった。


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