第一章 破滅を誘う白翼【5】

「鳥の……おんなの子?」


 エルシエルは青い髪を揺らして首を傾げた。白翼の少女は到底罪人とは思えなかったのだ。

 体は無骨な拘束具と釣り合わないほど華奢で、四肢は細々としており、悲しむ表情には少女の繊細な精神性が覗いている。


 この少女は獣人と人間の混血、いわゆる亜人あじん種とよばれる系統の人間だ。

 あまねく亜人種は人間より身体能力に優れ、空を飛べる者すら存在する。


 だが、本来であればこの少女に拘束具は必要無い。この少女は鳥の形質を身に宿す亜人種でしかなく、飛行できる事を除けば身体能力自体は同年代の人間の少女相応だ。


 この拘束具は愚かな人間の無知か、恐怖か、もしくは両方の具現ぐげんなのであろう。


「エル、こんなところに居たのね」


 瞼を瞬かせつつ、廊下に響いた声に振り向くエルシエル。

瞬きを境に魔法が解除され、虹彩から文様が消え失せる。


「リタ」


 かつかつとブーツを響かせながら姿を現したのは、リタだった。


「探したわ。なかなか帰ってこないから」

「白い翼、見てた」

「白い翼?」


 エルシエルは言葉を返さず、その代わりに手を差し出した。


「視ろってことね」


 リタがその手を取ると、エルシエルは再び魔法を発動。

 虹彩に文様が浮かび、景色が在りし日の物へと変容する。


 しかし今回は前回と相違があった。手を繋いだリタの作り物の虹彩にも文様が浮かんでいるのだ。

 再びその姿を露にした白翼の少女が二人の瞳に映り、リタは得心がいったとばかりに頷いた。


「成程、この娘を視ていたのね」


 エルシエルの魔法は手を繋ぐことで他人に共有出来るのだ。

 今となっては、共有する相手は一人しかいないのだが。


「うん」

「この娘……鳥類の亜人種にしては拘束具が多すぎるわね」


 からん、鎖の音が鳴った。

 悲しい表情で俯くばかりだった白翼の少女が身じろぎしたのだ。


 今や顔は上げられ、床を彷徨っていた視線はエルシエル達へと向いている。

 とはいえ遥かな過去からエルシエル達を認識したわけではない、エルシエル達がいた場所にかつて立っていた者を見ているのだ。


「君が……亜人……なのか……?」


 声がした。

 それは少女二人とは似ても似つかぬ声、爽やかな青年のような声だ。


 事実それは二人の声では無い。二人の目と鼻の先に現れた牢番ろうばんの兵の幻影が発した声である。

 エルシエルの魔法は過去を視通すだけではなく、彼女が望むのであれば過去の声を聞くことも出来るのだ


 青年の牢番の問いに白翼の少女がこくりと頷いた、悲しく、寂しい目だ。

 その肯定を受け、青年の牢番は呆然とした声を発した。その拳はきつく握られている。


「ああ……そんな。僕は、僕たちは、なんてことを……」

「……?」


 狼狽する少年に、首を傾げ、怪訝けげんな表情をする白翼の少女。

 青年は少女の所作に気づくことなく、苦々しい顔で走り去っていった。


 その背中を黙って見届けたエルシエルは、首を傾げた。


「どうしたんだろう」

「エル、なんだか面白そうだし追いましょう」

「わかった」


 エルシエルは小さく頷くと、瞳を二度瞬かせた。すると虹彩に浮かんだ文様が消え失せる。

 リタは魔法が解除されているのを確認してから、エルシエルの手を引いて歩きだす。


 牢が並ぶ場所を抜け、青年の幻影が曲がって行った通路に入る。

 すると、施錠された鉄製の扉が二人を出迎えた。

 見た目こそ重厚で突破できそうにないが、鍵は既に錆びついており、押せば簡単に開いた。


 部屋の中には幾つもの打ち捨てられた机が乱雑に立ち並び、その上にはぼろぼろの紙や筆記用具が散乱していた。どうやらここは牢番の執務室だったようだ。


「エル、視て頂戴ちょうだい


 エルシエルは二度瞬き再び魔法を発動、荒れ果てた部屋はかつての姿を取り戻した。

 打ち捨てられていた机は規則正しく並べられていて、その上には質素なテーブルクロス、書類はしっかりと纏められて机の上に置かれている。


 そして椅子に座って机に向かう人物が一人。だがあの青年では無く、見た目は四十代くらいの濃い髭を生やした貫禄のある人物だ。

 胸元には色とりどりの階級章がぶら下がっており、そこそこの地位があることが伺える。


 ガンッ! 部屋に突然乱暴な音が響く、過去の世界でドアが開かれたのだ。

 びっくりしたのか肩を小さく震わせたエルシエルの横を先程の青年が通り過ぎる、その足取りは荒々しく感情的だ。


「所長! あの子が何をしたって言うんですか! 僕の妹と同じくらいですよ!?」


 青年はあの少女の待遇を抗議しに来たらしい、呼び名から察するに髭の男はここの責任者であるようだ。

 男は青年の言葉にこれ見よがしに溜息をつくと、ぞんざいに返事を返す。


「お前のような偽善に駆られた新人は同じことを言うんだ。年齢も性別も関係ない、お前もこの国の人間であればしきたりは知っているだろう」


 にべなく抗議を切り捨てる所長、青年は悔しそうに歯を食いしばる。


「……知っています」

「言ってみろ」

「……っ、亜人種と関わってはならない、彼らはこの国を滅ぼすだろう」


「わかってるじゃないか、亜人種はどうあれ悪なんだ」

「でも、だからって! ただ迷い込んだだけの少女をこうやって監禁するなんてやり過ぎですよ!」


 少年は机に手を叩きつけ、唾を飛ばし、感情的に声を荒げる。

 だが所長は怯む事無く、面倒くさそうに椅子に体を預けて答える。


「監禁? 人聞きの悪い。国の法に乗っ取って逮捕しただけだ」


 青年は何か言いたげに拳を震わせると、業を煮やしたように部屋を飛び出した。

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