第一章 破滅を誘う白翼【3】

 それからしばらく時が経ち、日が真上に昇った頃。

 奇妙な二人組は男から貰った地図に従い、目的の場所へたどり着いた。


 立ち並ぶのは文明の残り香を漂わせながらも確実に自然に侵食されている建物群、奥には大きな建造物や誰かを象った石像などが見えるが、それらが語るのは栄華ではなく虚しさだ。

 そこはまごうことなき廃墟であった、建物の劣化具合から推察するに完全に無人になったのはここ三十年くらいの出来事であろう。


「きっとここね、あの商人が言っていた場所は」


 何かしらの反応をするべく口を開くエルシエル、しかし喉を震わせる前に、ぐーというお腹の音が鳴った。


「あらあら、可愛らしい返事だこと」


 エルシエルの可愛らしい反応にくすくすと笑うリタ、エルシエルは恥ずかしがるわけでもなく平然と歩きだす。


「ごはん、あるといいね」


 歩きだした彼女の後ろについて行くように、少し慌てた歩調でリタは続く。


「無ければ行き倒れだわ」

「それもいいけど」

「それは困るわ、あなたが居なくちゃ誰が私を愛してくれるというの」


 奇妙な二人は奇妙な会話を続けながら廃墟を歩んで行く。

 本来であればもっと警戒してしかるべきだ、時に廃墟というのは栄えている国より危険なものなのだから。


 住み着くならず者、危険な生物、建物の倒壊とうかい、ざっと羅列られつしただけでも危険が目白押しなのである。

 そう言った要因で手慣れた旅人であっても慎重に警戒するようなそこを、二人は躊躇なく闊歩かっぽする。


 周囲の音に耳を澄ませる事も無く、建物に住み着く生物になど目もくれず、歪んで潰れかかっている建物の間隙かんげきを平然と進む。

 喪失そうしつの痛みを知っていれば失うのを恐れるであろうが、最初から得られなかった者は失う痛みを知らず、やがて自分の命にすら執着しなくなってしまうものなのだ。


 そんな危険な道のりを行くのは命を繋ぐ食料を手に入れるため。

 生きていたところでその先に何かあるという訳では無いのだが、とはいえお腹は減ってしまうものだ。


 二人は色々な手段で建物に侵入し、食料を探した。

 開きかかっているドアから、はたまた割れた窓から、時には倒壊部分から建物に侵入して食べられる食料を探した。


 結果から言ってしまえば見つからなかった、よしんばあったとしても既に別の何かと化しているか、おおよそ食べられた物ではない匂いを発していた。


「無いわね」


 腐った瓶詰を放り投げ、リタは言った。


「無いね」


 かびたパンを口元に運び、しかし直前で捨てたエルシエルが言った。

 流石に嫌な臭いがしたのだろう、少し眉根が寄っている。


「お腹すいた」


 かびた物とはいえ食べ物を目にしてしまったからだろうか、エルシエルのお腹の音が一段と大きく自己主張した。


「二日も食べて無いものね、流石にそろそろ限界よね。もういっそのこと森で木の実でも探した方が早いかもしれないわ」


 周囲はあらかた探索してしまっており、食料が得られる可能性を見出せる目ぼしい建物は既になかった。

 溜息をついたリタは、エルシエルへと振り返った所で言葉を止めた。


「エル……」


 エルシエルは何もない虚空を、しかし明らかに何かを見つめていた。

 その瞳の有り様は明らかに現在いまを見つめておらず、常人にはる事の出来ない何かを見通していた。


「あそこ、何かの食べ物があるかも」


 彼女が指さしたのは無骨な建物。街中にあって明らかに異様な雰囲気を放つそれは、家屋とは比べ物にならない程の巨大な塀に囲まれていた。


 塀の上には侵入を阻む槍上の金具が備え付けられており、高さと合わせて超えるのは容易では無いが、幸いな事に門の蝶番ちょうつがいは壊れて開ききっている。

 エルシエルはそれだけ言うと、心ここにあらずという様相のまま建物に歩き出す。


「エル、視たのね」


 リタは納得したように小さく頷くと、その背を追った。




 エルシエルはどんどんと建物の奥へと進んで行く、初めて来たにも関わらずその足取りは勝手知ったるものだ。

 そして辿り着いたのは厨房の様な場所、エルシエルはその隅に置かれていた木箱を迷わず開ける。


 中に入っていたのは金属製の丸型の缶、側面には食品の絵が描かれている。

ここ百年くらいで開発された缶詰という食べ物だった。


「なるほど、缶詰……確かにこれなら食べられるかもしれないわ」


 缶詰であれば食べられるかもしれない。あくまで理論的にはだが、缶詰は開封されていなければ永久保存が可能だ。

 一方エルシエルは、それを意気揚々と取り出した本人でありながら缶詰を片手に硬直していた。


「これ、どうやって食べるの」


 そう言って缶詰を突き出すエルシエル、表情こそ殆ど変わらないがその明らかに困っていることが伺える可愛らしい動作にリタは微笑んだ。

 リタはスカートをたくし上げ、太ももに巻かれたナイフケースからナイフを取り出すと、手首を返して刃に光を当てる。


 すると刃は綺麗な光を返す。多少錆びついている部分もあるが、缶詰を開ける分には充分だろう。

 リタは受け取った缶詰を台に置き、ナイフを当てて言った。


「よく見ているのよ、食べ方を教えてあげるから」


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