第一章 破滅を誘う白翼【2】
再び二人は歩き出す、道の性質が変われど彼女達の行動は全く変わらない。
夢も無く、目的もなく、生命をただ
そんな道行の前方から、規則的な音が微かに届く。
馬の
「行商人かしら、だとしたらここで会えたのは幸運だわ。エル、追いかけるわよ」
リタは傍らを歩くエルシエルの手を取り、行商人の馬車に追いつこうと少し歩を速める。
追い付けるかは賭けであったが、幸いな事に馬車は文字通り道草を食べながら移動していたようで、そうかからない内に馬車の
「そこの馬車の
声に反応して手綱が揺れると、馬は止められたことを不満そうに
リタはエルシエルに自分の後ろに下がるように指示してから、馬車へと近づく。
彼女達の旅はまだ始まってから日が浅いが、見知らぬ相手との会話はリタが担当するという慣例が既にできていた。
リタは人形ではあるが、エルシエルよりよっぽど口が達者で感情豊かなのだ。
「ごきげんよう御者さん、少し道を教えていただけないかしら?」
突然現れた二人の少女に
旅人らしい格好をしているならまだしも、格好もそうは見えない。
御者の男が首を捻っていると「あらあら」という声と共に女が顔を出す。彼の妻であろうか、どうやらもう一人乗っていたようだ。
やはり女も首を捻ると、一旦顔を引っ込め、少し間を置いて馬車から降りてきた。どう対応したものか相談していたのだろう。
降りてきた男は子供をあやすように笑いかける。
「こんにちは、お嬢さんたち。こんな所でどうしたのかい? 迷子なら送って行こうか?」
「それには及ばないわ、道を教えて頂けたら事足りるもの」
柔らかく遠慮の意を表明するリタ、しかし女は子供の戯言とばかりにまともに取り合わず、続けざまに言葉を重ねる。
「そうよ、商品を降ろしたばかりで荷台は開いているから乗っていくといいわ」
「ええと……」
押しの強さに困り果て、リタは閉口してしまう。
子供を放っておけないのは性別のさがなのか、女は「ほら、手をだして」と言ってリタと、その背後に佇むエルシエルへと手を伸ばす。
その刹那。
「触らないでっ!」
伸びてきた腕にエルシエルは体をこわばらせたかと思えば、叫びをあげて後ろに飛びすさる。
女が手を伸ばしたのは迎え入れる意思表明でしかなく、そういう意図は無かったのだが体を触られると錯覚してしまったのだ。
女は驚き手を引っ込める。エルシエルにとっては反射的な行動なのだが、呆然とする女を見て罪悪感に駆られたのか、エルシエルは謝罪を口にする。
「……ごめんなさい。でも、触らないで」
「い、いえ。こっちこそごめんなさいね……」
妙に距離の離れている女とエルシエル。置いてけぼりになって立ち尽くす男。
リタは微妙な空気を払うように咳払いをして、話を戻す。
「さて、道を教えていただけないかしら」
男は腕を組んで眉間に
「それは構わないが……お嬢ちゃん達、家出とか迷子じゃないのかい?」
「そういう類の状況ではないわ、少し事情があって旅をしているの」
男と似たような表情を浮かべる女性、信じるに信じられないのだろう。
「それ……本当なの……?」
「こればっかりは証明できないのだけれど、本当よ」
男は難し気な表情で
「……その言葉信じるよ。まあ迷子にしては落ち着きすぎてるしね」
「ありがとう、助かるわ」
「それで、道を知りたいって、何処か国にでも行くのかい? 大河の国とか本棚の国あたりかな? あ、それとも、少し遠いけれど海の国かな? あそこ等辺はまだ戦争とは無縁だもんね」
「海の国……行ってみたいわね。あそこは善き人ばかりで料理も美味しい良い国だって聞いたことがあるわ」
リタは背後のエルシエルを一瞥して、寂しげな表情を浮かべた。
「けど、そうね、そこは私達の立ち入っていい場所では無いの。……廃墟はないかしら? それも比較的近年に廃墟化したような場所がいいわ」
「廃墟……? 廃墟ならここから北に行けばあるけど……」
意図が読めず男は歯切れ悪い言葉を返すが、リタは気にも止めず続きを促す。
「成程、そこは簡単に行けるのかしら?」
「うーん……少し地形が複雑で迷ってしまうかもしれないね。行きたいのであれば、地図を描いてあげようか?」
「ええ、是非お願いするわ」
男は頷くと馬車の幌に乗り込み、白紙の紙切れと杖を持って降りて来る。
彼が紙切れに向かって杖を振ると、そこから発された青い光が紙切れを包む。やがて光が
それは魔法の力、世界にはこのような力を行使できる魔法使いと呼ばれる存在がいる。
彼らは魔法という計算式を
魔法使いであれば、白紙に地図を描き込むことも、瞬時に水を凍らせることも、人を呪う事も、空を飛ぶことだってできるのだ。
「ありがとう。助かるわ。じゃあ私達はこれで」
リタは地図を受け取ると一礼し、エルシエルの手を引いて歩き出す。
疑問を滲ませた御者の声が、その背中を引き止める。
「お二人さん、廃墟に行ってどうするつもりなんだ? ならず者が住み着いているかもしれないから危険だよ?」
最もな言葉、いたいけな少女が二人だけで廃墟を目指すなど
御者の疑問に振り返ったのはリタではなくエルシエルだった。
「良いの、わたしがいていいのは
寂しそうでありながら、その実その意味を既に失った空っぽの表情で笑った後、不思議な言葉を重ねた。
「それに悪い人がいたとしても、どうせみんな死んじゃうから」
彼女たちの行動が如何に不思議なものであったとしても、それがエルシエルにとっても他人にとっても最善の選択なのだ。
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