5.5 鏡の中の願い

 私小林藍こばやしあいは小さい頃、絵本を眺めるのが好きだった。一人での人形遊びが好きだった。

 両親の言い争う声も、皿の割れる音も、それで全てが解決したのだ。



 そう、世界が私が嫌いなら私の世界を作れば良いだけ――


 普通に生きることが苦手だった。

 幼い頃から、他の人と違う自分に違和感を覚えていて。

 それは歳を重ねる毎に、はっきりとしたものになって。

 いつしか、私はその事を誰にも相談する事が出来なくなっていた。


 だけどそれが――




「はぁ、はぁ……」


 私は荒い息を吐きながら、自分以外の……高田君の匂いの染み付いたシーツの上に横たわる。


「……ふふ、ふふふ、あはは。やった!やった!! やった!!!」


 自分でも驚いている。

 まさか私にこんな欲望があったなんて。

 それでも、きっと誰でも良かったのだ。ただそこに高田君が居たから、だから私は彼を求めた。


 でも、ただ本当に、彼等は面白い。

 あのお姉さんを見詰める彼の瞳。

 愛欲と情欲と、憧憬に罪悪心。複雑に入り交じるそれらを、必死に圧し殺す仮面のごとき笑顔。

 それがとても興味深くて。


 そして何より、そんな高田君の苦悩に一切無自覚で、それでいて何処までも善意の塊の様な高田君のお姉さん。


 そんな彼等が、私の掌の上で転がる様は、きっとたまらなく愉快で。


 そう。これは恋じゃない。

 だってそうだよね? もしこれが恋だというのならば。

 こんなにも暗い感情で満ちている筈が無いもの。


 高田君とお姉さんが結ばれる、あるいは拒絶される。どちらでも構わない。その結末は私の望むままに。書き上げるのだ、これから。


 凄惨に、残酷に、破滅的に。


 それは、どんな物語よりも素晴らしいに違いない。

 だから、一緒に遊ぼうね。

 私だけの、主人公おにんぎょうさん?




「は、はは……」


 でも、どうして。

 ならばどうして、こんなにも心がヒリついて、泣き出してしまいそうになるんだろう……。


「……ぇ?」


 そこでようやく、私は自分が涙を流していることに気付いた。

 頬を伝う雫が、ぽたりとシーツに落ちていく。

 その小さな染みはまるで、自分の醜さを映す鏡のように思えて。


 私は途端に恐ろしくなった。


「あっ、あぁ」


 怖くて、震えが止まらない。


 怖い、こわい、コワイ。

 誰か助けて。



 助けて……高田君。

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