第19話 堕天使の情報交換
今朝はチビどもの叫びとともに、大量の物を投げつけられて目覚めた。昨夜は家族がみな寝静まってから帰宅して、風呂にも入らず空いているスペースで雑魚寝した。
もう少し寝ていたかったが、青い悪魔がいると大騒ぎになってぼこぼこにされたのである。声で三奈が気づいてくれなかったら、本当にやられていたかもしれない。
「みんな落ち着けって、事情があるんだよ!」
「チュン、どうしたんだその格好は?」
「兄さんが不良になった!」
不安にさせまいとグレムリンの危機だけを伝え、戦いの情報を伏せていたのが裏目に出てしまった。なんとか家族を説き伏せることはできたが、体中と心が痛い。
騒動が落ち着くと、ゆっくり朝風呂に浸かった。髪はカロルがまた立ててくれるというので、安心してさっぱりすることができた。
この世界の建物はまるで数百年前のようではあるが、現代人が行き来する都合上、衛生面は先行して進化しているらしかった。
ぼろぼろだった床はおじさんの頑張りによってすっかり修理されており、トイレにはなぜかウォッシュレットまで付いていた。家族の要望でラ・トゥールが手に入れてきた物で、動力源が異なるこの世界では使い物にならなかったが、六郎が電力に変換して取りつけたのだという。
いつも隣で寝ている弟はひょっとして天才なのだろうか。まるでフレンチ・デンの発明家バクスターのようではないか。
「いえいえ、もともとパーツはあったんですよ」
「テクノマンサーという、科学と魔法を両立する魔術師がいてね。グレムリンに手を焼きながらも、日々ふたつの世界をつなぐ開発をしているんだ」
じつに現代的な異世界に正直がっかりした部分も否めないが、自由に往来する者がいる以上は仕方ないのかもしれない。
なお、表の人間が大挙してこちらに押しかけたらどうなるのか問いかけたところ、ある恐ろしい
チュー太郎が食べてしまった緑カビのチーズも予備の分を確保し、カロルに化粧を整えてもらうと、とうとう万全の体制が整った。
ラ・トゥールとジェランドさんにオベールさんを交え、小部屋で再び情報の交換をすることになる。カロルは用事があると言って、どこかに行ってしまった。
「ではさっそく始めるとしよう。敵の動向ついて情報が入った。RMVDによれば、グレムリンたちは夜な夜なレマンヌス湖を利用して物資を運んでいるようだ」
「レマン湖のことかな。三日月型の湖ですよね。RMVDというのはなんですか?」
「ラットとマウス、それにヴォール──ハタネズミによるドラグネットさ」
「一括りにする言葉がないんですね。というか、ネズミ捜査網?」
「さよう。CDSの目をかいくぐりながら暗躍している優秀なスパイたちだ」
「そっちは何ですか?」
「キャット・ディストリビューション・システム。本来は、野良猫たちが優しい人間のもとへ行き届くように手配している、日本人がNNNと言っている組織のことさ」
「ねこねこネットワーク!」
だんだんとこの世界の背景がつかめてくる。ここが人間が作った街というだけで、周囲には異なる種族がわんさかいるのだそうだ。こんな状況ではとても家族旅行とはいかないのが、あらためて残念でならない。
「わたしとチュン二郎とカロルの三人で確かめに行こうと思うが、どうもなし崩しに事が起きそうな予感がしていてね。最悪を見据えて、アンデルナット城に行くつもりでいたほうがいいだろう」
「それならわたくしたちもご同行させてください。いちど行っていますから、ご案内ができるはずでございます」
「申し出はありがたいが、小舟は
「そうなのですか。ではせめて湖まで……」
要するに足手まといと暗に言っているのだが、彼女たちは頑として譲らなかった。巻き込んでしまった以上、ただ守られているのは嫌なのだという。
「わかった。くれぐれも気をつけてくれたまえ」
「はい、もちろんです」
「僕が命に代えても守ります」
いつの間にかジェランドさんに対する憧れとオベールさんに対する嫉妬心は消え、素直にふたりの未来を祝福できるようになっていた。
ちなみに向こうは、こちらを直視するのはまだ
「生きた時計について、僕からお話しておくことがあります」
「ほう、何かね。ぜひ教えてほしい」
「師匠の死後、僕は散逸した遺作の回収と修理を終えました。そんなときピットナッチオが現れ、すべてを取りあげた上で、アンデルナット城で奪ったその時計の修理を迫ってきたのです。どうやら敵は、予め探知のまじないをかけていたのではないかと」
「なんとなくわかってはいたけど、気味が悪いなぁ」
「もう渡しちゃったもんね。最後まで責任をもちたまえ」
「この男は……」
まるでGPSを取り付けられた犯罪者のようである。敵に奪われるわけにはいかず、捨てるのもかなわない。なにも悪いことはしていないのに、いつの間にか世界の宿業を背負ってしまったかのようだ。
「それは僕にとって師匠の最後の形見なのです。修理に難航していると偽って彼女に託したのですが、すぐに発覚して捕らえられました。面目ありません」
「しかし今は全員無事で、核となる生きた時計もこちら側にある。そう嘆くことはない」
「オベールさんは、ザカリウス親方の時計をすべて取り返したいんですね」
「ええ、可能ならば……」
「ところで、俺が見たロボットは何だったのでしょうか」
「奪われた時計を元にグレムリンの上位種が開発したようなのです。チュン二郎さんに助けていただいたとき、まさにその新型の組み立て作業をさせられていました」
「獣型と違って人型は思ったより知能が高いんですかね。連中はどうやってふたつの世界を行き来しているのやら」
「それが謎なのだよ。人の世が第一次世界大戦をしていたころ、突として確認されるようになった。やはり連中の裏に、大きな存在がいると考えるのが妥当だろう」
ちらほらと見え隠れする魔王の存在。だが今はなにも手掛かりはない。
ピットナッチオはジェランドさんを欲しているようだが、あくまでそれは個人的な理由であり、背後ではもっと大きな計画を企んでいるとしか思えなかった。
「さっそく今夜にでも決行するとしよう」
「残していく家族は大丈夫でしょうか。少し不安が残ります」
「知り合いに気にかけてくれるよう頼んでおいた」
「正直、本当に連れてきてよかったのか、後悔しているんです」
「君のいないあいだ、みんなで雪遊びを楽しんだようだよ。なに、前の住人が残していったおもちゃもある。おじさんも修理に大忙しのようだしな」
「休んでほしかったのに。まったくあの人は」
直すのが趣味な人に働くなと言うほうが余計なお世話だったのかもしれない。
だいたいの段取りが終わると、情報交換はお開きとなった。
「お兄ちゃん、お話は終わったの?」
「三奈、どうかしたのか」
妹の声に振り向いてみれば、そこにはカロルと、見知らぬ女の子がふたり居た。
「もしかして、三奈と四葉なのか……?」
「そうよ、カロルさんにお化粧してもらったの。驚いた?」
「あ、あぁ……」
自分がこんな格好をしておいてなんだが、日夜顔を合わせている妹たちがすっかり見違えてしまって、どう反応していいかわからずに困惑してしまった。
「ねえ、かわいいでしょ?」
いかにもそう言ってほしそうな表情を浮かべて待っている。
ふと、この子たちが結婚してどこかへ行ってしまうのを想像し、寂しくなった。
いつだって、今が一番幸せで、先のことなど不安しかない。幼いきょうだいを守るべく必死に生きてきたが、今いる家族は減る一方なのだ。
「……変な奴には気をつけろよ」
顔を背けて部屋をあとにしようとすると、すかさず抗議の声が上がった。
「それだけ?」
「何か言いなさいよ!」
すまんな。天を憎む堕天使が、気安くそんな甘い言葉を使うのは似合わない。
うなだれながらその場を離れる背後から、スタイリストのため息が聞こえた。
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