第3章 †堕天使降臨†
第14話 ネズミと少女
せっかくの歓迎会は最後に水を差され、重い雰囲気のなか解散となった。
家族とジェランドさんたちは部屋へと戻り、広間には、俺のほかにラ・トゥールとカロルさんだけが残っていた。
おとなしそうな見た目から攻撃的に激変した少女は、
「さて、どうする気なの? 女中ってどなた?」
「あのふたりと共に暮らしている、スコラスティクという婆さんだ。連れて歩くのは危険と判断し、自宅に控えさせていたのだが、裏目に出てしまった」
「時計工場ってどこかわかりますか?」
「それについては把握している」
「今すぐ助けに向かいましょう!」
「まあ、待て。猶予はある。しっかり準備するとしよう」
「悪いんだけどさ、あたしは戻るか代わりを立てないといけないんだ」
「そうでした。妹の三奈と四葉にあなたの手伝いをしてもらおうと思い連れてきたんですが、お役に立てますでしょうか?」
「へえ、そりゃ嬉しいね。でも同い年なんだし、そんな気を使わなくてもいいわよ」
「わかったよ、カロル。よろしく頼む」
「あ? 誰に向かってタメ口きいとんじゃい!」
「ひぃいいっ!」
「あっははは!」
恐ろしい顔で凄まれて、ついビビってしまった。
こいつら人をおちょくりおって……。
「ふざけてる場合じゃないだろう」
『お前が言うな!』
少女と声がハモってしまった。いちいち疲れる男である。
そんなわけで、妹ふたりはいちど診療所に挨拶へ向かうことになった。
「じつはあたし、まだちゃんとした医者じゃなくて見習いなんだ」
「そうだったのか。それでも立派だと思うけど」
「ほんとはミュージシャンになりたいんだよ。親が医者だから仕方なく医者やってるけど、いつか自分のバンドがもちたいの」
「……へえ」
「なによ。似合わないって言いたいの?」
「いや、なかなかイカしてると思うぞ」
「え?」
「なにを隠そうこの俺も、激しい音楽にはそれなりに通じていてね。フフ、チーズを食べると、そんな本当の己を取り戻すのさ」
「なに言ってんのこいつ?」
顔が可愛くなった途端、急に口が悪くなったな。
だいたいなんだ。女ってのは化粧で百八十度も変わりやがって。
「チュン二郎はなかなかのテクニシャンなのさ。わたしの笛も調整器なしで使いこなしたしね。エレキギターをかき鳴らしてるところも見たかったものだ」
「へえ、その容姿でエレキギター?」
「悪いか」
「冗談よしてよ。あんた完全に陰の者じゃない」
「誰がチー牛だ!」
つい苛立って声を荒げると、相手はきょとんとした表情を見せた。
「チー牛って何?」
「ネットスラング……って通じないか」
「いや、それはわかるけど。あたしは行き来できる側の人間だからね」
「そうなのか。とにかく、そのメシを食べてそうな奴って意味の悪口だよ」
「食事で差別するの?」
「そういう連中なんだよ」
「いんや、たぶん違うね。ダサいのに自分を磨く努力してないから馬鹿にされんの」
「男は内面だ!」
思わず
「へーえ、言うじゃん。だったら見せてもらおうか、本当の自分ってやつを」
「の、望むところだ!」
「盛り上がってるところ悪いが、妹くんたちはどうするんだ?」
「あんたが連れてってあげてよ」
「それはべつに構わんが……」
「うーん。戦いの場に女の子を連れていくのもなんだか怖いな」
「あ? 誰にもの言ってんだ? お前よりつえーよ!」
「言ったな!」
くぅううう! グギギギギッ! グゴゴゴゴッ!
小娘ぇ、言いたいことを言わせておけば……。
「いいだろう。せいぜい俺様の後ろに隠れて震えていろ」
「けっ、俺様って柄かよ」
「ラ・トゥール、あとのことは任せたぞ」
「あ、ああ……」
「それじゃカロル、付いてこい」
「道わかんの?」
「…………案内してください」
「よろしい」
俺としたことが、なにを張り合ってるんだ。
ったく、さっきから心臓がばくばくして興奮しきりである。
これもこの可愛くないカロルのせいに違いない。三奈とは大違いだな。
「それじゃあふたりとも、気をつけて行っておいで。ケンカもほどほどにな」
しばらくして、俺たちを玄関まで見送りにきたラ・トゥールは言った。
「べつにケンカしてるわけじゃない」
「醜態を確かめに行くだけよ」
「小さな子の面倒は五郎くんが引き受けるそうだよ」
「そっか。わかった、ありがとう」
あいつもようやく大人になってきたか。
思えば俺も、両親が生きている間は反抗的な言動をすることがあった。子供だけになってからは、そうも言っていられなくなった。
せめて兄さんが生きていてくれたら……。
「チュー太郎くんだけ返すよ。君のもとへ帰りたがってね」
「そっか。おいで、寒いからポケットに入っていておくれ」
「キュー」
「かわいいネズミだね」
「違う、かっこいいネズミだ」
「わかったわかった」
俺はカロルと連れ立って歩き始めた。
まだ日中だというのに、空はあいにくの曇り空で、今にも雪が降ってきそうな寒さである。風が吹くたび耳が千切れてしまうのではないかと不安になった。
言い合ってしまったばかりなので、お互い口はつぐんだまま。舗装がされていない異世界の道路は、ときおり霜柱がざくざくという音を立てた。
こういうときは先に謝ったほうが大人であると頭ではわかっているが、今回ばかりはどうも話しかける勇気が出ない。
そもそも同じ年頃の女の子とふたりきりでいること自体、いつ以来のことだろう。
たしかに自分は眼鏡を掛け、さほど容姿に気を使っているわけではない。そもそもうちの学校は髪を染めるのが禁止だし、いきなり青にしたらドン引きされるだけだ。
いつかその時が来れば俺だって……と思っている間に、環境がそれどころではなくなってしまった。
隣の少女も、夢から遠ざかっているという点では似たようなものかもしれないが、医者と貧乏一家じゃ雲泥の差がある。
……それにしてもこの子、なかなか頑固だな。いっさい喋る気がないのか。
ちらと横目で彼女を見やると、平然とした表情で何を考えているか読み取れない。
こうなったら根競べだ。そっちからごめんなさいと言わせてやる。
しかしふと彼女も魔術師のひとりということを思いだし、じつは本当に強いのではないかとの考えが頭をよぎる。
鼠占い師も謎だが、胃占いとはいったい何だ。昔は化学が錬金術であり、天文学が占星術だったように、古代の医術を受け継いでいる一家なのかもしれない。
仮に、強制的にゲップを発生されることができれば、なかなか恐ろしい魔術だ。
「なに見てんのよ」
「……そっちこそ何を考えてるんだ」
あれだけ
とりあえず
「べつに」
結局、そこで終わってしまった。
どうやらあまり良い相性とは言えないようだ。馬が合うのなら、とめどなく好きな曲の話などで盛り上がれるはずだから。
こちらの世界はずいぶんと進歩が遅れているように見えるが、異なる進化を遂げたとなれば、そうとも言えないのかもしれない。いったいどんな音楽があるのだろう。戻ったらラ・トゥールにでも尋ねてみるとするか。
「辛気くさ」
呆気に取られて言葉を返し損ねていると、カロルはぱっと駆け出した。
いつの間にかその先に、レンガ造りの巨大な建物が見えていた。
あれが時計工場……? 思考がグレムリンと助けるべき老婆に切り替わる。
俺は遅れないように、彼女の背中を追って走り始めた。
いつもクラスメイトから馬鹿にされても耐えることができるのは、下に見られるのを受け入れているからだ。
だが今は、対等でないと納得がいかない気持ちを心のどこかで感じていた。
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