第5話 ネズミとクリスマス
冬休みは基本的に十二月二十五日からだが、今年は二十三日が土曜のお陰で、二日得した気分になれる。
リサイクルショップの飾りつけは一か月前にしてあったが、俺がいない間に妹たちが家の装いも改めてくれていたようだった。
二女の四葉は三男の五郎と双子だが、生意気な弟と違って謙虚な性格をしていて、姉の三奈をよく手伝ってくれている。どうやら下の子が寝静まったあとに、ふたりでこっそりやったらしい。折り紙で作った質素なものだが、なかなかに立派である。
ラ・トゥールさんと別れて早朝に帰ってきた俺を最初に出迎えたのはおじさんで、九個の包みをリビングに運ぶように指示した。
昨夜は葬式だったらしく、ついでに良いものを貰ってきたと笑顔を覗かせた。人が亡くなったというのになんとも不謹慎だが、おじさんに言わせれば、こういう時こそチャンスなのだという。
たしかに遺品の整理はたいへんな作業だが、あまりにも早すぎる。もう少し時間を置いたほうがいいのでないかと思うのだが。
「そのデカいのはチュンのだぞ」
「え?」
「チビどもがうるさいから、起きてくる前に開けてしまえ」
「ほんとにいいの?」
「ああ。いま開けないと取られてもしらんぞ」
「それじゃそうする。ありがとう、おじさん」
俺の部屋は五郎と六郎の三人で共有する六畳間で、仕切りで分けられている。
寝ているふたりを起こさないようにして自らの陣地に到着すると、そっと包み紙を剥がし始めた。大きいけどちょっと雑で、お店で買った感じではない。
現れたケースの形状を見てぎょっとする。中から出てきたのはなんとエレキギターだった。しかもアンプが内臓されていて、これさえあれば音が出せるタイプだ。青い炎をイメージしたカラーリングはまさに俺が望むもので、最高にビビっとくる。
確認するなりリビングに引き返し、サンタさんに事情を問い詰めた。
「おじさん、あれはどういうことだよ!」
「気に入らなかったか?」
「そうじゃない。どうしてあんな高そうなやつを!」
「静かに、チビどもが起きてしまうぞ。じつは遺品整理をしてくれと頼まれた中に、そいつがあったんだよ。形から入る人だったようで、ぜんぜん使ってないらしい」
「おじさん、俺が欲しかったの知ってたの?」
「ん、まあな」
年甲斐もなく抱きついてしまった。生まれてこのかた、こんな良い物を貰ったのは初めてだ。両親はなにも買ってくれなかったから……。
いや、この話はよそう。今は何かを悪く言う気にはなれなかった。マイオマンサーを名乗るおっさんを助けてから、俺にもツキが巡ってきたらしい。
青い髪を逆立てエレキギターをかき鳴らす自分を想像すると、じつに興奮する。
「お兄ちゃん、おはよう。何かいいことあった?」
「おはよう三奈。まあな」
それからぞくぞくと起きてきたチビどもの大歓声が家中にこだまするまで、長くはかからなかった。
おじさんは普段そっけないようで、俺たちの欲しいものを見極めていたのだ。
十四歳の三奈は新しいミシン、十歳の六郎はおじさんとお揃いの工具セット、八歳の七子は化粧品、六歳の八郎は車のおもちゃ、四歳の九美はぬいぐるみ、二歳の十郎は積み木だった。
そして十二歳の四葉と五郎は、念願のスマホを手に入れたのだった。
家族が多いと苦労も多いが、良いこともある。今日は一日、そんなことを思える日だった。手伝いをさぼっていた五郎が風呂掃除を始めたのには驚いたが、おじさんの人心掌握術も大したものである。彼こそうちのパイド・パイパーであったか。
昨夜の一件で睡眠時間がすっかり狂ってしまった俺は、夕暮れになると自然に眠くなり、いつの間にか眠りに落ちていた。そしてまた、深夜の二時に目が覚めた。
「ふぁああ。まずいな、昼夜逆転しちゃったか」
とりあえずネズミたちに餌をやろう。眼鏡を掛けるといそいそとケージに向かう。
「おはようチュー太郎」
ふたを開けるとすでに餌を食べた痕跡があった。どうやら俺が寝ている間に誰かが代わりにあげてくれていたようだ。
「なんだ、今日はお前たちも良いもの食べたんだな」
滅多に与えないクルミの殻を見てつぶやく。
「それじゃあな、チュー太郎。おっと!」
突然、一番大きな一匹が俺の裾から腕に登ってきた。
「よせ!」
なんとか捕まえるも、すぐに手に戻ってきてしまう。
ふと兄さんの姿が脳裏をよぎり、しばらく一緒にいることにした。
服を着替えて上着のポケットにチュー太郎を忍ばせ、エレキギターを担いで階下に降りる。さすがにみんな寝ていて、ひっそりと静まり返っていた。
さすがにこんな時間に鳴らすわけにもいかない。さて、何をしようか。
学生の本分は勉強だが、なんだか今はする気になれない。何気に成績は優秀なほうであり、運動なんかを除けば上位をキープしている。
しばらく考えた末にとりあえずテレビをつけ、音をなるべく小さくしてニュースを見ることにした。
「さすがにこんな時間じゃ通販番組とかばっかりだな。海外のやつしかないか」
チュー太郎にささやきながらチャンネルをまわす。
「なんだよ、やけに動くな。……そうか、チーズを食べたいんだな。悪いけどこれはあげられないぞ」
『次のニュースです。世界各地で時計が壊されるという被害が相次いでおり……』
「ん?」
『犯人は時計をバラバラに壊し、何かの部品を盗むのが目的と見られ……』
「まさか……」
俺は嫌な予感がして立ち上がった。
『──さん、どう思いますか?』
『そうですねえ。ひょっとしたらグレムリンの仕業かも』
『ちょっと、真面目に答えてください。被害者がいらっしゃるんですよ。失礼いたしました。たいへん申し訳ございません』
コメンテーターの男が怒られている。しかしそれはあながち間違っちゃいない。
「ラ・トゥールさんは大丈夫だろうか。たしかひとりで戦って……」
内ポケットに手を当ててチーズを確認する。
今の俺には、おじさんから貰ったエレキギターもある……。
「こうしちゃいられない。ダメ元であのビルに行ってみよう!」
気づけば楽器を背負って夜の街を走っていた。
牛丼屋の前を通り過ぎ、おっさんと一緒に入った裏道の雑居ビルに向かう。
「頼む。ポータルがまだつながっていてくれ」
球技全般は苦手だが、走るのだけはそうでもない。昔から周囲にからかわれてきたので、逃げ足だけは速いのである。
うっかり連れてきてしまったチュー太郎を潰さないように気をつけながら爆走し、あっという間に例のビルの前へとたどり着いた。
辺りはかなり薄暗く、昨夜に見たときと同様に、点滅して今にも消えそうな照明が灯っていた。
何に使われている場所なのかは気にする必要はない。今はただおっさんのことだけが気がかりだった。懐中電灯のスイッチを入れて、狭い階段を降りていく。
「無い、か……」
そこには無情な光景が広がっていた。
内部はすっかり荒れ果てていて、まともに使えそうにない代物がいくつか転がっているだけ。これじゃあ、おじさんですら直せそうもない。
考えもなしにここまで走ってきたけど、我ながら馬鹿げてるな……。
そう思った、次の瞬間──
不気味な音を立てて、渦巻く黒いもやが出現した。
いつだって悔しい思いをしてきた。強くなれるのは自分の力じゃないなんてことはわかっている。現実逃避だって笑われてもいいじゃないか。
助けたい、この気持ちだけは本物だ。
「待っててくれ、ラ・トゥールさん」
俺は迷わずポータルの中へと飛び込んだ。
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