第4話 ネズミの無双

 そこは倉庫として使われていたようで、木製の箱がいくつも山積みになっていた

 獣じみた顔のグレムリンたちは、それらの木箱をひっくり返したり物を壊したりとやりたい放題。手にした工具でなにかの機械を分解しまくっている。

 タイミングを見計らっているおっさんに対し、俺はそっとささやいた。


「あいつらいったい何をしてるんですかね?」


「連中はデウス・エキス・マキナ──つまり機械神を作り上げようとしているという噂がある」


「機械神?」


「グレムリンはただ闇雲に機械を壊しているわけじゃない。目的があったのさ」


「たしかに、よく考えればそれが自然ですね」


「奴らには人型と獣型の二種類がいて、あそこにいるのは獣型だ。人型はもっとずる賢くて、あいつらをしもべとして使っている」


 あまり空想には詳しくないが、言われてみればなるほどである。

 目的と支配層。人には人の、妖精には妖精の生活があるのだ。


「よし、ぜんぶ中に入った。今がチャンスだ」


「どんな曲がいいですか?」


「なんでもいい。君がリズムに乗れるなら」


「よし、そうだな……レスピーギの『ローマの松』にしよう」


 中学の時にフルートで参加したのを思い出す。一通り楽器が使える俺は穴埋め役に回されることがよくあったが、あのときは指を怪我した女の子の代わりだったはず。お礼を言われるどころか、自分がやりたかったのにとにらまれたんだっけ。


 この謎の縦笛で上手く吹けるかは定かではないが、まあなんとかなるだろう。

 どうせ聞くのはおっさんとグレムリンだけ。深呼吸してから青カビのチーズを口に放り込む。

 さっきは気持ち悪いと思ってしまったけど、意外とイケるな。これもチーズ牛丼を味わったお陰か。

 体がぞわぞわとして、髪の毛が逆立ってくるのがわかる。では、行くぞ!

 ……の前に、なんだか目がおかしくなりそうだ。


「すみません、眼鏡を預かっててください」


「ああ、行ってこい」


 俺は倉庫の入り口に飛び出ると、即座に笛を構える。


「ギー!」


「ギャッギャッ!」


 遅いぜマヌケ。お前たちはもう『袋の鼠』、いや、グレムリンだ。

 俺さまが殲滅せんめつしてやる。覚悟しろ!


 この曲は四つで構成されていて、『ボルゲーゼ荘の松』から始まる。俺が好きなのはまさに一番のそれだ。軽快なリズムに始まり、勢いをつけて終わる。

 作曲者のオットリーノという名前に反し、なかなかハゲシーノである。

 モデルになったであろう光景を想像するが、残念ながら思い浮かばなかった。


「ギャーッ!」


 最初に飛び掛かってきた奴の一撃を音波で弾き返すと、興奮したグレムリンたちは工具を振り回して次々と飛び掛かってくる。

 弱い、弱すぎる。お前たちがジャンプする間に、俺はいくつ音を鳴らせると思っているんだ。

 まるで笛から飛び出す音符が見えるかのようだ。いや、あのチートなチーズのお陰で実際に見えているのかもしれない。


 おらおら! くたばれウジ虫ども! チー牛の俺さまが、チートなチーズで異世界無双してやるぜ!


 自分が自分ではないようだ。ラ・トゥールさんは、チーズが本当の己を引き出すと言ったが、本来の俺はこんなにも攻撃的だったのか……?


 追い詰められたグレムリンたちが最後の悪あがきを始める。

 だが、こちらは〆に入った。高速で攻撃的な曲調が血を沸き立たせる。

 恨むならお頭を恨め。あばよ、お前ら。くたばっちまいな!

 笛先から飛び出る音符で、次々と残りの連中を吹き飛ばしていく。


『ギャギャーッ!!』


 断末魔の叫び。

 気づけば獣型のグレムリンたちはすべて床に転がっていた。箱の中身と武器として使っていた工具がそこらじゅうに散乱している。


「ブラボー!」


 おっさんは、また拍手をして俺を讃えた。


「おっと、そこに鏡がある。急げ!」


「え?」


 慌てて起こされた姿見を覗き込んで、絶句した。

 そこに、青髪を逆立てたファンキーな男が立っている。

 これが俺……?

 興奮と戸惑いの感情が入り乱れてしばし呆然としていると、やがて髪はしなしなと下りて、色もまた元の黒へと戻っていった。


「驚いたかね」


「……ええ。たしかにあれは、俺がなりたかった自分です」


「本当の自分なのさ」


 普段の地味な姿こそがそうなのではないのかと思ったが、ひょっとしたら哲学的な話なのかもしれない。

 おっさんは俺に眼鏡を返してくれると、木箱をがちゃがちゃと引っかき回し始めたので、冷静に考えるのは難しくなってしまった。


「何を探しているんですか?」


「笛の調整器なんだ。それがないとわたしには吹けない」


「この笛はいったい……。これもチートアイテムってことですか?」


「本来は人を楽しませるためのものだ。だがそうも言ってられなくなってね」


「どうしてラ・トゥールさんは、敵が狙う時計を持ってるんですか?」


「ある人に護衛を依頼されたんだ。これが原因だとわかって、預かることになった。おっと、あったあった。これだよ、これ」


 そう言って謎の部品を見せつけるが、なんの機能があるかはさっぱりわからない。出された手のひらに縦笛を乗せると、彼は見つけたものを装着し始める。


「これが無いのによく吹けたものだ。すごいぞ」


「へへ。たぶんチーズのお陰ですよ」


「それだけじゃ無理だ。君には才能がある」


「そんな、照れくさいですよ」


「謙遜することはない。わたしにはわかる、『チー牛』の才能があるってな」


「なんですかそれ!」


 外国人のラ・トゥールさんは、言葉がもつ響きを気に入ってしまったようだった。まあ、変な単語じゃなくてよかった。むしろ良い意味にしか思えなくなっていた。


「本当に助かったよ、チュン二郎くん。ありがとうな」


「いえいえ、こちらこそ」


 差し出された手を握り返す。手には年齢が出るというが、顔の若さに比べて幾分と年を取っているようにも感じられた。もっとも、俺も人のことは言えないが……。

 格好が良い人もあんがい苦労しているのかな。人には人の苦労があるんだろう。


「お礼と言っちゃなんだが、これらのチーズを受け取ってくれ」


「え、いいんですか、こんな貴重なもの」


「いや、じつは貴重というほどでもないんだ」


「そうなんですか」


「これは人の世界で作られた物だから大丈夫だが、もし異界で作られたものだったら口にしてはいけないよ。元の世界に戻れなくなるから」


「……なんだか恐ろしいルールですね。でもなんだか聞いたことがあります」


「ああ、昔話に似たようなものは残っているだろう」


 俺は、手渡された青カビと緑カビのチーズをハンカチに包んで、胸の内ポケットにしまいこんだ。

 へへ、チート級アイテムゲットしちゃった。


「よし、それじゃあ……」


 そう言って、おっさんは例の懐中時計を開いた。


「そろそろポータルが開く周期だな。あれは本当にやっつけで作ってもらったんで、いささか不安定なんだ。そのうち消えてしまうだろう」


「そうなんですか」


「ああ、だんだん弱くなっているのがわかる。消えないうちに見送ろう」


「短いあいだだったけど、楽しかったです」


「うむ、いつかまた会えるといいな」


「はい」


 こうして、俺は現実の世界へと戻ってきた。暗黒が渦巻くポータルは、通り抜けた瞬間に消えてしまった。未練がましく三十分ほど棒立ちして待っていたが、開くことはなかった。

 ラ・トゥールさんの言うとおり、あれがぎりぎり最後だったのかもしれない。一抹の寂しさを感じるが、なぜか心には自信がみなぎっていた。


「そうだ、何か見つけて帰らないと……」


 それからしばらく手で持っていけるものを探して、帰ったのは朝になっていた。

 いつも見ている朝焼けが、これまでで一番美しく見えた。

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