②無理が祟って

 義理の母親だった里奈が出ていってからは、亡くなった父方の叔父夫婦が後見人となった。


 しかし、叔父夫婦にも子どもが3人いるようで、父親の遺産から少しずつお金を仕送りしてくれる事と、極たまに様子を見に来てくれる事以外には、保護者らしいことは何一つしてくれなかった。


 というのも、叔父夫婦の子どもは一番上でまだ10歳。一番下の子が2歳なので、中学生である2人よりも優先度が高い。実子では無いので当然とも言えるし、仕方の無いことだと諦めている。


 今までの里奈から受けた仕打ちを考えれば、お金の仕送りをしてくれるだけでも充分だとも思っていた。


 しかし、まだ中学生で子どもの2人には色々な事が足りないのも事実だった。


。。。


 真純が高校生になると、叔父夫婦が家に来ることがほとんど無くなった。


 前までは、たまにご飯を作りに来てくれたこともあったのだが、それも無くなる。


 真純はいくつものバイトを掛け持ちして、更に家事もするようになった。


 ひとつ下の光狩が受験の年だから、特例としてやらせてもらっていた新聞配達のバイトも、家事も辞めさせられてしまった。


「でも、姉さん。僕だってたまには息抜きがしたいんだよ。だから、今日はやらせてくれない?」


 そう言えば、渋々ではあるが家事だけはやらせてくれる。そうしたら真純は休んでくれるので、光狩はたまにそう言って家事を代わっていた。


 それでも、真純の労働量はかなりのものだ。


。。。


「じゃあ、光狩。行ってきます」


 真純の通う高校は、家から徒歩圏内にある公立高校。光狩の通う中学校も徒歩圏内にあるが、方向は真逆なのでいつも玄関前で別れている。


「うん。気をつけて行ってね」

「光狩もね!」


 真純は学校に着くと、すぐに予習に入る。放課後はバイトで忙しいので、宿題や予習復習をやる時間があまりないのだ。


「菊地さん。今日短縮授業だし、集まれる人で遊ぼうって話になってるんだけど、どう?」 

「えっと、ごめんなさい。今日もちょっと、バイトがあって……」

「そっかあ」


 家が近所にあるためか、同じ中学校出身の人も多い。真純も光狩も、特別に中学生の頃からバイトをさせてもらっていたので、家に何か事情があると知っている人も多いのだ。


 残念そうにはしているが、断ることを理由に彼女を省いたりする人は、このクラスにはいなかった。


「ごめんなさい……」

「いいよー。今度、時間があったら遊ぼうねー」

「うん。いつも断ってしまうのに……誘ってくれて嬉しい」


 真純は素直にお礼を言うと、はにかんだ。高校生になって更に美しくなった真純の笑みは、クラス中を虜にしてしまう。


「ね、一限体育だし、ホームルームが終わったら一緒に行こ」


 クラス内で特に仲良くしてくれている女の子、黄江おうえゆかりがそう言って誘ってくれる。


 真純は嬉しそうに、可愛らしい笑顔で頷いた。


。。。


 今日の体育の授業は、男子生徒は外でサッカー。女子生徒は体育館でバドミントンの授業だった。


 真純がバドミントンでペアを組んでいるのは、縁だ。軽く流しでラリーを続けたあと、ペア同士でダブルスの試合を行う予定である。


「いっくよー!」


 暫くラリーを続けたあと、真純の視界が突然グラッと揺れた。シャトルが真純の後ろでトンと跳ねている。


「真純ちゃん。大丈夫ー?」

「う、うん」


 真純はそう返事をするが、連日のバイトによる空腹と寝不足のせいか、そのまま後ろに倒れてしまった。


「きゃあっ!? 真純ちゃん!!」


 真純の耳に、微かに聞こえる縁の叫び声。それから、周りの人が駆けつけてくれたのだろう。足音がいくつも聞こえてくる。


 それを最後に、真純は意識を手放してしまった。


。。。


「ん」


 真純が目を覚ますと、そこは保健室だった。保健室の先生が、目を覚ました真純の近くに寄ってきて脈を計ってくれる。


「この後、血圧も測るねー。あと、黄江さんが持ってきてくれたお弁当と水を飲んでちょうだい。あなたが倒れたのは、空腹と寝不足のせいみたいだから」


 真純はこくんと頷いて、血圧を計ってもらった後に水を頂いた。


「今何時ですか?」

「もう放課後よ。4時半ね」


 左腕にしている腕時計を見て、養護教諭の先生が教えてくれた。


「えっ!? そんな……バイトに遅刻しちゃう!」

「バイトなんて駄目に決まってるでしょう? 一限目に休んで、半日丸々寝てたのよ? 今日は休んでちょうだいね。ほら、お弁当もここで食べちゃいなさい」

「でも……うちはお金が無いんです。弟の進学のためにも、働かなきゃ」


 真純を拳をギュッと握って、瞳を伏せる。


「それでも駄目よ。今日行ってもバイト先に迷惑をかけるだけだし、体調のせいで暫くの間休まなきゃいけなくなったらどうするの?」


 真純は少し悩んだが、先生の言う通りだとも思った。こくんと静かに頷いて、お休みの連絡を入れる。


「えっ!? そ、そんな……。は、はい……はい。申し訳ありません。はい……わかりました。今までありがとうございました」


 真純が電話を切ると、怪訝な顔をした養護教諭の先生が聞いてきた。


「バイト先と何かあったの?」

「実は……これまでも何度かバイト先で体調を崩すことがあって、もう来なくてもいいと言われてしまいました」

「そう。残念だけど、不調が一度や二度じゃないのなら、辞めることになって正解だと思う。今度は身体に負担がかかりにくいバイトを選びなさいね」


 先生はそう言うと、真純の背を撫でてくれた。慰めてくれているようだ。


 真純はこれまで溜めてきたストレスと、突然起こった悲しい出来事に涙が零れる。


ガラッ


「先生! 真純ちゃん起きましたー!?」


 悲しい雰囲気に包まれる中、縁の明るい声が保健室内に響き渡った。


 縁は真っ直ぐに真純達の傍に来て、涙を流す真純を目に映す。一瞬固まった縁は、眉を寄せて先生を睨んだ。


「先生が泣かせたんですか?」

「違います! 間接的にはそうかもしれないけど、断じて違うわよ」


 先生が疑われてしまったので、真純は急いで涙を拭い、起きてからの出来事を説明する。


「そっかー。真純ちゃん、たまに顔色悪い時あるもんね」


 元々色白な真純の顔が、たまに死にそうなくらい青白い色になる時がある。縁はそんな真純を度々心配していた。


「ね、またバイト先探さなきゃなんだったら、うちのカフェに来ない? 賄いも貰えるから、少しは空腹の日も減るかも」

「あらー、いいじゃない。せっかく友達が誘ってくれたんだし、面接だけでも受けてみたら?」

「そうだね。ありがとう、縁ちゃん。心配かけた上に、色々と良くしてくれて……」


 お弁当を食べて体力を取り戻した真純は、帰り道に縁にカフェのことを色々教えてもらった。


 縁のバイト先のカフェは、コンセプトカフェらしい。そのコンセプトは、『宝石』。店員にはそれぞれ宝石の名前がつけられていて、お客様は全員貴族で、宝石である店員達の持ち主である。という設定なんだとか。


「真純ちゃんは美人だから、きっと稼げるよ。うちのカフェ、お給料とは別で自分のグッズみたいなものもあって、それが売れれば一部は自分のお金になるの!」

「そうなんだ……でも、私みたいな不健康そうな女のグッズなんて欲しいかしら」

「何言ってんの! 真純ちゃんは可愛いんだから、もっと自信持ってよ!」


 縁はそう言って力説してくれる。その力説をしながらも、真純を家の前まで送ってくれたので、真純は照れと感謝と、それから罪悪感で複雑な気持ちになってしまうのだった。

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