③宝石のカフェ
とある日曜日。今日は真純のバイト面接の日である。
「緊張するわ……」
「真純ちゃんなら、絶対に大丈夫だよ!」
「ありがとう」
縁も今日はシフトのある日だったらしく、ずっとそばに付いていてくれた。
「お待たせ。入って?」
「は、はい」
真純はドキドキと胸を高鳴らせながら、縁に背中を押され、通された部屋の中に入る。
「今日はよろしくお願いします……!」
「あはは。固くならないで。どうぞ座って」
「あ、はい。失礼します」
真純は用意された椅子に腰掛けると、チラッと面接をしてくれる店員を見つめる。名札に『店長』と書かれているので、更にドキドキしてしまった。
「面接と言っても形式的なものでね。君は合格なんだ。今日話し合うのは、いつから働けるか。とか、何曜日にどれくらい入れるか。とかかな」
「え? ご、合格なんですか?」
「うん。君の友達から色々と話は聞いてるよ。家のために頑張っていることとか、食事が足りていないとか。それに、聞いていた通り可愛らしい顔をしている」
「え」
店長は男だ。しかも、かなりガッシリとした人で、真純は別の意味でドキリとした。縁が優しい人ばかりだと言っていたから、店長が悪い人では無いのはわかる。
しかし、それでもなお不安になってしまうのは、中学時代に義母の連れ込んだ、「あの男」を思い出すからだった。
「うちの店はコンセプトカフェだからね。君みたいに可愛い店員なら、すぐにファンも着くだろう。君ならきっと稼げるよ」
「あ……は、はい。頑張ります」
真純はほっと胸を撫で下ろして、入れる時間や日にちの話に移った。
そして、体験として早速店内を案内されたので、カフェの席に座る。すると、縁が店員として近くに来てくれた。
「はじめまして。私はトパーズと申します。ご主人様!」
「え、えと……」
カフェの説明は聞いていたが、実際に間近で見ると、真純はつい戸惑ってしまう。
「今回は縁が奢るから、何か頼んでみて」
縁がコッソリ真純に耳打ちをする。真純はさらに戸惑ってしまった。
「え? でも……」
「いいからいいから!」
「じゃあ、鉱山ケーキ」
「かしこまりました。すぐにお持ちしますね!」
鉱山ケーキは、ドーム型のケーキの中に、イチゴやブルーベリーなどの、ベリー系のフルーツが入っているケーキのようだ。目の前に置かれた白いドームを見て、真純は「綺麗」と呟いた。
「そうでしょう? ちなみに、ドリンクはおまけ。トパーズジュースです。ご主人様」
蜂蜜も入ったレモネードだそうで、綺麗な黄色をしている。まるで、本当に宝石のような色だった。
「ありがとう……ゆ、えっとトパーズさん」
「いえ。ご主人様に喜んでもらうのが、私達の幸せですから!」
真純は嬉しくて、思わず泣いてしまいそうになる。しかし、それはちゃんと堪えた。初っ端から働くカフェに迷惑をかける訳にはいかないと思ったのだ。
真純はただはにかむように笑って、縁を、店長を、店員達を……そして客までもを虜にしてしまうのだった。
。。。
真純が働き始めてから、もう数週間が経った。
カランカラン
「お帰りなさいませ。ご主人様!」
真純にも固定の客がつくようになり、今来てくれたお客さんがその固定の客だ。
「ただいま。オパール。今日も美しいね」
「ありがとうございます。ご主人様がたくさん会いに来て下さるから、私は綺麗に磨かれているのです」
真純に付けられた宝石の設定は『オパール』だ。キラキラと反射して、虹色にも見えるし、白い輝きにも見える宝石の名前である。
「嬉しいよ。今日も真珠のスコーンサンドと、オパールの輝きミルクティーをくれる?」
「かしこまりました。ご主人様! いつものお席にご案内いたします」
そして、従業員達も、縁の言う通りで優しい人達ばっかりだった。
「オパール。あちらのご主人様がお出かけになられたら、採掘に行ってもいいわ」
「はい。ありがとうございます」
このカフェでの用語で、「お出かけ」はお客さんが帰ること。「採掘」は休憩の意味がある。
真純に声をかけてくれた店員は副店長で、『アウイン』という宝石の設定だ。彼女は歳も上なせいか、真純のことをよく可愛がってくれている。
前に身の上話をして、泣かれてしまったこともあるくらいだった。
「オパール。この後採掘なの? 私もなの。一緒に行きましょう」
真っ赤な制服に身を包んでいる少女は、『ルビー』だ。一つだけ歳上で、勝気で情熱的な少女である。真純がお姉さんのように慕っている人物でもあった。
「はい。嬉しいです。ルビーさん」
真純を除いて、全員で七人の店員達がいるのだが、本当に全員が優しい。
縁にこのカフェを紹介してもらってから倒れることも無くなったし、光狩に心配をかけることも少なくなった。たまに光狩にケーキを持って帰ることも出来るので、とても助かっている。
。。。
「……ってことがあったのよ」
「そっか。姉さん、今のバイト先に変わって本当に良かったね。みんないい人みたいだし、僕も前よりもずっと安心だよ」
「ふふ。そうなの。みんな優しいわ」
ご飯を食べながら、二人は今日の出来事をたくさん話した。
光狩は今日、クラスの小テストで一番だったらしい。
「まあ、凄いわ! 光狩は頭がいいのね」
真純は自分の事のように喜び、明日のご飯を豪華にする。と張り切った。
「もう。姉さんはただでさえ働き者なんだから、普通でいいよ」
「あら。たまにはいいじゃないの」
「もう……」
真純とそんなやり取りをした後、部屋に入った光狩は、小さなため息をついた。
「本当に、優しくて純粋な、可愛い姉さん……。僕が高校生になったら、今度は僕が守ってあげるからね」
そう呟きながら、光狩は姉の部屋がある方向の壁をジッと見つめた。
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