④こんなの違う
「やっぱりだめ!」
「え?」
みのりの力強い声を聞いて、花村が動揺した声を出す。
「ごめんなさい。私は海斗に会いにいく」
「で、でも…騎本は真木さんに酷いことを……」
「あんなの、海斗じゃない。海斗は心優しい人なの。きっと、何か事情があるんだよ」
みのりはそう言うと、ぎゅっと胸の前で両手を組んで、泣きそうに微笑む。
「私、本当の海斗にまた会いたい。本物の海斗を取り戻しに行かなきゃ! だから、ごめんなさい。花村くんとは付き合えない」
「…わかった」
まだ納得はしていなさそうだったが、みのりの決意が固いことは伝わったようだ。真剣な目で見つめられては、彼も食い下がる訳にもいかなかった。
どう足掻いても、きっとこの先何をしても、彼女は幼なじみの事を忘れることはないのだろう。自分では彼を忘れさせる。なんて事は不可能だったのだ。と、花村は察してしまったのだ。
複雑そうな声で、しかし笑顔で花村はみのりを送り出してくれた。
「頑張れ」
「…ありがとう! 花村くん!」
みのりは一度家に帰って私服に着替えると、海斗の家のチャイムを鳴らす。出てきたのは海斗の母親だった。
「まあ、みのりちゃん。いらっしゃい」
玄関先でみのりを迎え入れると、海斗の母は大きな声で海斗の名前を呼ぶ。
海斗が階段を降りてくるのが見え、みのりは思わずほっと息をついた。
自分の母親と会話をする海斗は、いつもの海斗だったから。今日は落ち着いて話が出来るかもしれない。そう思っての安心だ。
「何しに来たの。帰れよ」
しかし、みのりの顔を見た途端に海斗の態度は豹変する。
「こら! みのりちゃんになんてこと言うの。あんたの幼なじみでしょ?」
「帰れ!」
「か、海斗。話を聞いて! きゃあっ!」
みのりはどうしても話がしたくて海斗に近寄る。すると、彼に思い切り髪を引っ張られた。
「海斗っ! あんたなんてことするの! 離しなさい!」
海斗の母が海斗を止めようと間に入るが、高校生男子の力は母ですら押さえきれず、腕を弾かれてしまった。
「い、痛い…海斗。お願い。教えて欲しいの。どうして海斗はこんな事をするの?」
「黙れ!」
「いつもの海斗に戻って!」
泣きながらみのりが訴えると、少しだけ海斗の手が緩む。その隙をついて、海斗の母が海斗のことを羽交い締めにした。
「みのりちゃん! ごめんなさい。今日は帰って!」
「あ……でも、海斗おかしいの。おばさん、海斗と話させて」
「今は話が出来る状態じゃないわ。必ず落ち着かせるから、今日のところは帰ってちょうだい。またあなたに乱暴をさせる訳にはいかないもの。……本当にごめんなさいね」
海斗が今も母の羽交い締めから抜け出そうと暴れるから、これ以上被害が出る前に、みのりはその場を立ち去るしかなかった。
。。。
次の日、とぼとぼ歩いて登校していると、後ろからトントンと軽く肩を叩かれる。
「海斗っ?」
もしやと思って振り返ると、そこにいたのはクラスメイトの男女だった。
双子の兄妹の
「ごめんね。海斗ではないんだけど」
「桜雅、ちょっとだけ顔似てるよね。海斗くんの方がかっこいいけど」
「おいおい。そこは兄の顔を立ててくれよ」
2人が学校で一緒にいるところを見たことは無いのだが、兄弟仲は良好らしい。みのりはそう思って、小さく笑う。
「久しぶりに笑ったね」
「うん。最近のみのりちゃん、元気無かったから。気になってたの」
クラスメイトにまで心配をかけてしまっていた。それも、あまり会話をした事の無い人にである。みのりは申し訳なくなって、しょんぼりと謝る。
「謝らないで。私がみのりちゃんを気になったのって、ほんの最近のことなのよ」
「いつも一緒にいた海斗と喧嘩してるみたいだったから、それで気になってたんだって」
「そっか。ありがとう……。でもね、喧嘩じゃないの。この前まではいつも通りだったはずなんだ」
みのりの顔が曇る。2人は顔を見合わせると、何があったのか親身になって話を聞こうとしてくれる。
海斗が急におかしくなってしまったあの日の出来事を、みのりは情景からセリフから、全てを話した。
「白石さんが何か、みのりちゃんの悪評をたてた…とか?」
「海斗がそんな噂を信じるとも思えないけどな」
「うん。私もそう思う…。海斗はいつだって私の味方でいてくれたもん。なのに、あの日から急に意地悪になったの」
悔しい気持ちと悲しい気持ちがごちゃ混ぜになって、みのりの顔はどんどん曇っていってしまう。
桜雅と千桜はまた2人で顔を見合わせると、みのりの両手を片方ずつ、握りしめた。
「元気だして。私、白石氷愛とちょっとお話してみるよ」
「俺は海斗と」
2人に励まされて、みのりは少しだけ元気を取り戻す。「ありがとう」と控えめに笑ってみせた。
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