②おまじない

 進路の話をしてから1週間ほど経って、2人は未だ決まらない進路に悩み、2人で本屋に訪れていた。


「みのりって理系だよな?」

「うん。海斗も理系だよね?」

「そう。こんなところも一緒なんだな。俺ら」


 海斗がそう言って笑う。海斗の笑顔に思わずドキリとしてしまったみのりは、誤魔化すように本のページを捲った。


「あれ? 騎本くんだ〜」


 後ろから柔らかくて甘い声が聞こえてきて、みのりと海斗は振り返る。


「ああ。隣のクラスの…」


 白石氷愛しらいしひめと言う少女だった。みのりは同じクラスになったことは無いけれど、海斗は去年、彼女と同じクラスだった。


 彼女は学年で一番の美人と評判だ。みのりの心が少しざわついた。氷愛の海斗を見る目が、なんだか甘い気がするからだった。


「へえー? その子が幼なじみ?」

「うん。幼なじみのみのり。みのり、彼女は白石氷愛さん。去年同じクラスだったんだ」

「こんにちは」


 みのりはそう言って軽く会釈をする。しかし、氷愛はじろじろと不躾な瞳でこちらを見てくるだけで、挨拶も何もしてくれなかった。


 みのりの心は、またざわついた。


「…みのり。そろそろ行こうか」

「え?でも…」


 まだ進路案内の厚い本を数ページ呼んだだけだったし、氷愛が海斗と話をしたそうにしていた。みのりは戸惑って海斗を見つめる。


 みのりの心配を他所に、海斗はにこっと微笑むとみのりの手を取って本屋を出てしまった。


 手を繋いだのは久しぶりだ。みのりはじんわりと熱くなる手に気まずくなって、途中で振りほどく。


「みのり?」

「て、てて、手汗がちょっと…」

「え?何それ。今更そんなの気にする仲でもないでしょ」


 海斗はそう言ってけらけらと笑った。


(人の気も知らないで…)


 みのりはそう思うが、海斗の柔らかい表情を見ていたら、みのりのざわついていた心は徐々に落ち着いて来ていて、つられて笑ってしまう。


 その後ろ姿を、氷愛が恨みがましく睨みつけていることなど、2人は知る由もなかった。


。。。


 次の日の放課後、いつも通り2人で帰ろうと教室を出たところ、氷愛が待ち構えていたらしく海斗を連れて行ってしまった。


「ちょっと待ってて! すぐ戻るから!」


 みのりはまた、心をざわざわと早したてつつも、言われた通りに大人しく自分の席に座って海斗の帰りを待つ。


(告白でもされてるのかな…?)


 そう思うとモヤモヤした気持ちになるが、みのりは海斗なら断ると思っていた。


 海斗は約束を違わない。もしも『ずっと一緒にいよう』と言う約束を果たせそうにないのなら、事前に知らせてくれるはずだ。


 誰かと付き合うということは、異性であるみのりとは一緒にいられないということ。海斗にその気はないだろう。と思っている。


「遅いなぁ……」


 海斗が連れていかれてから1時間が経った。たとえ氷愛が告白までを躊躇ったとしても、流石に時間がかかり過ぎだ。告白ではなく別の用事だったのだろうか。


『すぐ戻る』そう言っていたのに…。


 みのりは少々不満げにスマホを開く。あんまり時間がかかるようなら、今日は先に帰っていようと思った。


『時間かかりそうだから先に帰るね。また明日、いつもの場所で待合せしよ』


 送信ボタンを押すギリギリのところで、教室の出入り口に人影が見えた。


「あ、海斗! 遅かったね。結構用事長かったんだ?」


 送ろうと思っていた文章を消しつつ、みのりは立ち上がる。


 海斗の席に置かれたままだった彼の鞄も一緒に手に持って、みのりは海斗に近寄った。


「はい。鞄」


 バシッ


「きゃっ!」


 みのりは一瞬、何が起こったのか理解が出来なかった。鞄を渡そうとしたその手を、海斗の手で弾かれたのだ。


 ジンジンと手が痛む。


「どうしたの…? 海斗?」

「うるさい! あっち行け!」


 初めて聞いた海斗の大きな声、強い口調に、みのりはビクッと肩を震わせる。


「な、何? 急にどうして?」


 泣きそうになりながらも、海斗に必死に声をかける。


「海斗はそんな事を言う人じゃなかったよ? 何があったの?」

「黙れよ。お前なんか大嫌いだ」


ズキン


 心臓が嫌な音を立てて跳ねる。


 恐る恐る海斗を見ると、いつもの優しい海斗の目をしていなかった。どこか暗くて、何も考えていないかのような不気味な瞳。そして、海斗の整った顔は嫌悪に歪んでいた。


「海斗…」


 海斗は怯えるみのりになど目もくれず、鞄を引き取ってさっさと身を翻して行ってしまった。


 みのりは何が起きたのか、今もまだ理解が追いつかないでいる。ただただ、海斗のあの怖い顔を思い出して涙を流し、嘆くことしか出来なかった。

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