第24話 出発

 ある日、ケータ達が日課の模擬戦を終えて一休みしていた時、メルメが顎に手を当てて言いました。


「ふむ、最近、筋トレによる身体能力の強化具合が落ち着いて来たようだね」

「そうなの?」


「ああ、そろそろジョブ特性の効果が落ち着いて来る頃だろうと思っていたから不思議ではないがね」

「もしかして、効果が無くなっちゃった? はっ!? まさか、もう筋トレしても強くなれないとか!?」


 メルメが、のんびりした口調で話していると、ケータが、自身の漏らした言葉に、はっとして、一大事だとばかりに慌てだしました。


「それは無いよ。今でもケータは筋トレした分、徐々に強くなっているさ。ただ、筋トレポーターのジョブを得た頃は、1日目とその5日後に同じ筋トレをしたならば、5日後の方が倍くらいの効果があったけど、最近は、5日前と今日とで同じ5日間が経っているけど、効果は同じくらいだろうということなんだよ」


「うーん、今一つ良く分からないな。だけど、今後も筋トレすれば強くなるってことでいいのか?」


 ケータは、メルメの言うことがいまいち理解できていないようで首を傾げていましたが、最後に自身にとって大切なことだけを尋ねました。


「あはは、まぁそうだね。今後も筋トレを続ければ、ケータは強くなるさ」

「ならいいや」


 メルメの答えを聞いて、ケータは、あっけらかんと返事をすると、そのまま筋トレを始めました。ケータは、暇さえあれば筋トレをする習慣がついてしまっているようです。


「ハッハー! つまりは、ジョブ特性の検証は終わったということですネー!」

「えっ? そうなの?」

「うむ、そういうことだね。長い間、付き合ってくれてありがとう」


「それじゃぁ、神殿を出て、ダンジョン出口を目指すですネー!」

「お、おう!」

「あはは、まぁ、そう慌てずに十分に準備するといい」


 長い事かけて行ってきた、筋トレポーターのジョブ特性『筋トレ効果が向上する』の検証が終わりを迎え、ケータとギプスは、ダンジョン出口へ向けて旅立つことにしました。


 メルメが野菜や香草など好きなだけ持って行って良いと言ってくれたので、ケータとギプスは喜んで収穫し、可能な限り長期保存できるようにしてからポーターバッグに詰め込みました。


 そんな旅の準備を行いながら筋トレすること数日後、いよいよ出発の日となりました。ケータとギプスの出発に際して、メルメが案内人28号と一緒に転職神殿の入口まで見送りに来てくれました。


「メルメ、いろいろありがとう」

「うむ、ケータとギプスがいなくなると少し寂しくなるね」

「ハッハー! メルメは寂しがり屋さんですネー!」


「へへっ、転移玉を使って、また会いに来るよ」

「うむ、いつでも歓迎するよ」

「ハッハー! メルメもトレーニングしておくですネー! でないと、次会う時にはケータにボコボコにされるですネー!」


 ギプスの言葉に、メルメは苦笑いです。ケータは、寂しがり屋のメルメの勧めで、転移玉に転職神殿を登録したので、別の転移ポイントからここへ転移して来ることが出来ます。


「ほれ、ケータに餞別だよ」

「ん? これは?」

「ハッハー! メルメ人形ですネー!」


 メルメが餞別にくれたのは、メルメの形を模した小さなヤギのストラップで、お腹に魔石を抱えた姿が可愛らしいです。


「旅の無事を願って作ったお守りだよ。ポーターバッグに付けておくといい」

「へへっ、ありがとう、メルメ」


 さっそく、ケータは、メルメストラップをポーターバッグに付けました。


「それじゃ、行ってくるよ」

「ハッハー! 行ってくるですネー!」

「うむ、気をつけてな」

『ご武運を』


 ケータとギプスは、何だか自宅を出るかのように挨拶すると、転職神殿を旅立ちました。メルメと案内人28号は、2人の姿が見えなくなるまで、神殿の入口で見送っていました。




 ケータとギプスは、転職神殿を出た時から例のマダラ模様のゴブリンを警戒していました。


「あのマダラゴブリン、近くにはいないみたいだね」

「そうですネー! でも、マダラゴブリンに限らず、魔物には常に警戒しておくですネー!」


 ケータは、ギプスの言葉に、そうだね、と頷くと、しっかりとした足取りで歩みを進めます。


 しばらく進んだところで、ケータは何かに気付いたようです。


「この先にオークがいるね」

「ハッハー! 筋トレの成果を試すですネー!」


 ケータとギプスは、ちょっとワクワクしながらオークの下へと小走りで向かいました。


「いた」

「どうするですかー?」


「もちろん奇襲する」

「頑張るですネー」


 すぐにオーク1体を視界に収めたケータとギプスは、小さな声で短く言葉を交わすと風下からオークへと近づいて行きました。


 そして、ケータは、素早くオークの死角から迫ると、手にした棍棒を握りしめてオークの足首へと叩きつけました。


「ピギャー!!」


 突然の出来事に、オークは悲鳴を上げてズシンと地面へ倒れました。ケータがオークの足が着地する寸前を狙ったために、強烈な足払いとなったのです。


「とりゃぁ!!」

「ピギィィィィッ!!」


 間髪入れずに、ケータが、倒れたオークの頭を狙って棍棒を叩きつけると、オークは断末魔の悲鳴を上げて、ボフっと霧となり、魔石を落として消えてゆきました。


「ヒャッハー! 完勝ですネー!」

「こんなにあっさり倒せるとは思っていなかったよ」


「これも日頃のトレーニングの成果ですネー!」

「メルメとの模擬戦でたくさん学んだからね」


 ギプスもケータもとても嬉しそうに勝利を喜びました。


 オークを相手に、奇襲とはいえ全く攻撃させる隙を与えることなく倒してしまったのです。転職神殿でジョブチェンジして、毎日筋トレを頑張っただけでなく、メルメとの模擬戦を通じて、戦闘技術が著しく向上したことが如実に現れていました。


「この勢いで、魔物相手にトレーニングするですネー!」

「おう!」


 調子に乗ったケータとギプスは、見つけた魔物を片っ端から撲殺してゆきました。オークが2体だろうと3体だろうと、トレーニングと称して戦いを挑み、余裕で撲殺してしまいました。


 そんなこんなで、予定していた道を大きく外れてしまうことになったのですが、2人とも全く気にするようすはありませんでした。




 そんなある日、いつものオークとは、ちょっと違った気配を感じました。


「オークかな? だけどちょっと違うのが1体いるような……」

「ハッハー! 取りあえず行ってみるですネー!」


 さっそく近づいてみると、一回り大きなオークと2体のオークが視認できました。


「デカいのが1体、ハイオークかな?」

「イエース! ハイオークですネー! どうするですかー?」


「そりゃぁ、もちろん」

「トレーニングですネー!」


 ケータが不敵な笑みを浮かべると、ギプスが嬉しそうにトレーニングと言い放ち、いつもどおり奇襲するべく風下から近づいて行きました。


 ハイオークは革製の胸当てを着け、太い棍棒を担いでのっしのっしと先頭を歩き、ときおり立ち止まっては、獲物を探すように辺りを見回しています。


 ケータは、うまく後方から近づき、最後方を歩くオーク目掛けて音もなく近づくとジャンプしてオークの頭へと手にした棍棒を叩き込みました。


「ブギャァァァー!!」


 断末魔の叫びと共に、オーク1体がボフっと霧となって、魔石を落として消えてゆきました。


 振り返るオークとハイオークですが、既にケータは、オークへ肉薄していました。

 ケータは、オークの足を素早く棍棒で払うと、倒れたオークの頭へと棍棒を叩き込みました。


「ピギィィィィッ!!」


 断末魔の叫びと共に、オークがボフっと霧となり、残りはハイオークだけとなりました。


「残るは1体!」

「ハッハー! ケータ! やっちまうですネー!」

「ブガァァァ!!」


 棍棒を手に低く構えるケータへ向けて、ハイオークが、雄叫びを上げて棍棒を振り下ろしてきます。


 ケータは、すっと棍棒攻撃の軌道から体を躱すと、するりと滑り込むようにハイオークの脇を滑り抜けながら、手にした棍棒をハイオークの膝に叩きつけて背後へ回り込みました。


「ブギィィィ!!」


 ハイオークは、怒りの形相でケータへ向けて棍棒を振り回してきますが、メルメとの戦いで成長したケータは、軽々と躱すと、隙をみてオークの膝へと棍棒を叩き込みます。


 やがて、ハイオークの足捌きが雑になったところで、ケータが棍棒で足首を払いました。ズシンと巨体が倒れ込んだところで、ケータの瞳がキラリと光りました。


「うりゃ、うりゃ、うりゃ、うりゃぁぁぁ!!!!」

「ピッギィィィィーー!!」


 ケータが、ハイオークの頭をめがけて、棍棒の集中連打を叩きつけると、ハイオークは断末魔の叫びを上げて、ボフっと霧となり、魔石を落として消えてゆきました。


「ヒャッハー! 大勝利ですネー!」

「よっしゃー!!」


 見事にハイオークとオーク2体を倒しきったケータは、拳を振り上げ、ギプスと共に喜ぶのでした。

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