6.出口を目指して

第23話 ボツリヌス団

 とある街の片隅にある古びた一軒家を多くの警察が速やかに包囲して行きます。そして、完全に包囲したことを確認すると、私服警官達がぞろぞろと正面入り口へ向かい玄関チャイムを鳴らしました。


「あん? 誰だ、お前ら」


 無精ひげを生やした目つきの悪い男が、ドアを開けて、訝し気に尋ねます。


「警察だ。お前達は組織的犯罪行為の疑いがある。悪いが中を取り調べさせてもらおうか」


 対して、スーツ姿の厳つい刑事が、懐から令状を取り出して提示し、手短に用件を告げると、刑事達や警察官達がなだれ込むように踏み込んで行きました。


 警察が踏み込んですぐに中では怒声や罵声が響き渡り、激しい逮捕劇が繰り広げられた後、警察側が、たくさんの容疑者を逮捕、拘束するに至りました。


「警部、強奪されたと思われる金品が見つかったっす」

「うむ、やはりな」


「あと、麻薬と思われる怪しい粉末もあったっす」

「そうか……。よし、この家をしばらく封鎖して、徹底的に調べ上げろ」


 警部と呼ばれたスーツ姿の厳つい男は、踏み込んだ家のリビングで部下から報告を受けると、徹底捜査の指示を飛ばしました。その後、多くの警察官の手によって、家の隅々まで調べ上げられ、証拠物件などを軒並み押収するのでした。



 それから数日後のことです。

 警察署の一室にいた警部のところへ、部下が報告に来ました。


「警部、やはり、例の襲撃事件は、ボツリヌス団の仕業で間違いないっす。先日踏み込んだ奴らのアジトから証拠の品が多数見つかったっす」

「そうか。ご苦労だったな」


 部下からの報告を受けて、警部は、想定通りとばかりに、余裕の態度で部下を労いました。


「それと、奴らのアジトにあった怪しげな粉末は、やはり違法薬物だったっす。やつら麻薬にも手を出してたっすね」

「やはりな。販売ルートの方は?」


「麻取の方へ連絡し、捜査してもらってるっす。既に一部のバイヤーを摘発したとの報告があがってるっす」

「そうか、そっちは麻取の方に任せておけばいいだろう」


 麻薬についても想定の範囲だったようで、警部は、落ち着いた様子で報告を聞いていました。ちなみに麻取とは、この国の警察組織にある麻薬取締捜査部という麻薬を専門に扱う部署のことです。


「それ以外に、奴らは魔物の研究をしていたようっすよ」

「魔物だと?」


 さすがに想定外だったのか、部下の報告に、警部の片眉がピクリと上がり、部下へと鋭い視線を投げました。


「どうやら、魔物を強化する研究をしていたようっす」

「そんなことして、どうするつもりだったんだ?」


「資料を調べたところ、強化した魔物を従えて魔物の軍勢を作り、クーデターを起こすことを目指してたようっす」

「くっ、これだからテロリストどもは……」


 警部は、軽く頭を押さえて不機嫌な顔を見せました。


 ボツリヌス団とは、反社会的な活動をする犯罪集団で、過激な活動をするためテロ集団として各国で指定されている組織です。そして、今回、警察は、そのアジトの1つを突き止めて突入していたのです。


「それで? その魔物の研究とやらの詳細は分かったのか?」

「押収した資料の確認をしてるっすが、ゴブリンの強化実験をしていたことが分かったっす」


 警部が、想定外だった魔物の研究について問うと、部下は、淡々と答えました。


「ゴブリンか? あんな弱っちい魔物を強化してもしょうがないだろ。奴らいったい何を考えてるんだ?」

「いやいや、警部、ゴブリンを舐めちゃダメっすよ。奴ら集団になると数の暴力で襲って来るっすから、結構やばいっす」


 ゴブリンを弱いと侮る警部に、部下が、数の暴力を引き合いに出して侮れないと窘めました。


「うむ、まぁ、集団になれば脅威ではあるが……」

「そこっすよ。ボツリヌス団は、ゴブリンが集団戦をするところに目を付け、御しやすいと考えたらしいっす。資料にもそんな記述があったっす」


 正論を言われ、ばつが悪そうに言葉を濁す警部に、部下の男は、ボツリヌス団の狙いを話しました。


「集団戦か……。それで、研究はどの程度進んでいるんだ?」

「一部の資料では、ゴブリンの強化に成功したとあり、およろ5倍のパワーが得られたとありました」


「5倍のパワーか……。実用化されているのか?」

「いえ、強化に成功したものの凶暴さも増したようっす。制御しきれなくて暴走事故を起こしたという記録があったっす」


「使えねぇなぁ」

「その事故以来、実験は、ダンジョンで行うようになったらしいっすけど、ダンジョン実験の記載は今のところ見つかっていないっす」


「ダンジョンか……。嫌な予感がするな……」


 ダンジョンと聞いて、警部がものすごく嫌そうな顔で呟くのでした。





 さらに数日が経った昼下がり、警部は部下を引き連れて、ハンターギルドへとやって来ていました。


 ハンターギルドは、普通に野山で動植物を狩ったり採集したりして生計を立てる者達のほか、ダンジョンへ入って魔物から魔石を手に入れたり、宝箱から不思議なアイテムを得たりして生計を立てる者達などをバックアップする組織です。


 ギルドの応接室で、警部達の対応をするのは、ギルドマスターの男性とサブマスターの女性です。


「で、今日は何の用だ?」

「実はな、先日、ボツリヌス団のアジトを調べたんだが、奴らがゴブリンの強化研究を行っていたらしい。それで、何か情報があれば、教えてもらおうと思ってな。いわば、情報共有というわけだ」


 軽く挨拶を交わした後、ギルマスが促すと、警部がここへ来た目的を端的に述べました。


「ふん、ゴブリンの強化か。テロリストの考えることは分からんな」

「まぁな。それで、奴ら半年ほど前からダンジョンで実験を行っていたらしい」


「ほう、それでギルドに来たということか」

「そういうことだ。最近、ダンジョン内で変わったゴブリンが現れたとか、怪しい奴らがゴブリンを生け捕りにしていたとか、そんな情報は入ってないか?」


 警部の問いかけに、ギルマスは、腕を組んで少し考える仕草をした後、隣のサブマスの女性へと視線を向けました。


 キリっとした感のあるサブマスは、ギルマスの視線を受けて、掛けていた眼鏡の位置をくいっと上げると、口を開きました。


「ゴブリンといえば、ダンジョン内ではメジャーな魔物です。変異種も多く、群れの討伐もちょくちょく行っているので、どれが該当するのか、今一つ分かりかねます」

「そうか……」


「しかし、ダンジョン内で実験が行われていたとなれば、ギルドとしても気になるところですね。その研究についてもう少し詳しい話を聞かせていただきたい」

「そうだな。おい、スコット」


 サブマスの話を受けて、警部は、隣に座る部下の男の名前を呼びました。


「了解っす。我々が掴んでいる情報では、――」


 スコット刑事が、資料を開きながら、調べ上げたゴブリンの強化研究について説明してゆきました。


 ゴブリンの特徴として、大きさは普通のゴブリンと変わらないこと、しかしパワーおよび身体能力が大幅に向上していること、それから、その体の一部に黒いシミが浮き出していることが説明されました。


「黒いシミですか……」

「そうっすね。奴らの研究資料によると、黒いシミが大きくなるほど、パワーや身体能力が強化がされていて、同時に凶悪性も増大しているとあったっす」


 サブマスの呟きを拾って、スコットが、黒いシミに関する情報を資料から詳しく説明しました。


「ギルマス、先日、転職神殿近くで、マダラ模様のゴブリンに襲われたとの報告がありましたね」

「ふむ、そう言えば、そんな報告があったな。よくあるゴブリンの変異種だろうということだったと思うが?」


 サブマスの言葉に、ギルマスも思い出したように言いました。


「その実験ゴブリンの特徴である黒いシミが全身に広がったとすれば、マダラ模様になるのではないかと……」

「その話、もっと詳しく聞かせて欲しい」


 サブマスが、黒いシミとマダラ模様を結び付けると、警部が、鋭い目をして詳しい話を求めました。


 その後、話が進むにつれて、応接室は重たい空気に包まれてゆくのでした。

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