5.転職神殿

第16話 転職神殿

 ケータ達即席パーティーは、なるべく魔物との戦闘を避けながら、順調に歩みを進めて行きました。


 そんな中、ケータが、早朝筋トレとか、食後の筋トレとか、休憩中に筋トレとか、1日に何度も筋トレを行っていると、始めのうちは驚いたり感心したりしていたジェニファー達でしたが、しまいには呆れられてしまいました。


 しかし、ジェニファーとルミナが、呆れつつも一緒にストレッチやら軽い筋トレを始めたり、みんなで食事用の狩りや採集を共にしたりしていると、ケータも次第にジェニファー達に打ち解けて、自然に笑みを見せるようになってゆきました。




 そして、数日後。丘を越えたところで人工的な建物が見えました。


「うん、地図を見る限り、おそらく、あれが転職神殿だよ」

「転職神殿……」


 ルミナが地図を手に教えてくれると、ケータは、小さく呟きました。

 ダンジョンの中で、人工的な建造物は少ないため、それが転職神殿であることは間違いないでしょう。遠目に見る転職神殿は、どこか神秘的な感じがする建物です。


 ケータが、転職神殿について全然知らないと分かると、ジェニファー達が、いろいろと教えてくれました。


 転職神殿には、上級ジョブや派生ジョブへと転職することが出来る転職の間があって、経験を積んだ戦闘職の者達が新たなジョブを求めて訪れるのだそうです。


 ただし、訪れた誰もが転職できるわけではなく、それなりの経験を積んだ者でなければ転職することが出来ないといいます。


 上級ジョブや派生ジョブについては、様々な職種があり、必ずしも望んだ職業に転職できるわけではなく、個人の資質や積み上げた経験、血筋や運が絡むと言われているそうです。


 また、同じジョブで同様の経験を積んだ者であっても、転職先が同じジョブになるとは限らず、さらには転職出来た者、出来なかった者が存在するなど、転職の成否は神のみぞ知るとも言われているそうです。




 ケータ達は、転職神殿が見えたことで、心なしか足早に歩みを進めました。

 しかし、転職神殿へとかなり近付いたところで、ケータがおもむろに立ち止まり、後ろを振り返りました。


「何か来る。……人間が走って来る? いや、魔物に追われているみたい……」


 ケータが意識を集中し、気配を掴んで分かったことを口にしていくと、ジェニファー達は緊張した面持ちになりました。


「魔物の種類や数など、詳細は分かるか?」

「ちょっと待ってね……、えっと、魔物は1体かな? あっ!? あの時のゴブリンだ!!」


 ジェニファーが尋ねると、ケータは、さらに意識を集中し、以前見たマダラ模様のゴブリンだと気付くと、大きな声を張り上げました。


「何だと!?」

「分かるのか!?」

「ひぃっ!?」


「この感じ、間違いないよ。マダラ模様のゴブリンだ……」


 ジェニファー、アンドレが叫び、ルミナが短く悲鳴を上げる中、ケータは、真面目な顔で間違いないと断言しました。


「ハッハー! 追いかけられてる人達がピンチですネー! 助けに行きますかー?」

「いや、我々では力不足だ。身を潜めてやり過ごすか、このまま転職神殿まで逃げ込むしかない」


 ギプスの問いに、ジェニファーは真顔で力不足だと言い切り、すぐに2つの選択肢を示しました。


 以前、ジェニファー達が、8人パーティーで苦戦した相手なのですから、スーパーポーターのケータが加わったとしても、勝てる見込みはないと判断したのでしょう。


「隠れるのは難しそうですネー! ジェニファー達の気配はバレバレですネー!」

「くっ、ならば逃げるしかないな。急いで転職神殿へ向かうぞ!」


 ギプスが、気配の消し方が甘いところを指摘すると、自覚があるのでしょう、ジェニファーは、苦い顔をしましたが、すぐに逃げる選択をして皆を先導しました。


「ねぇ、あのゴブリンに追われている人達、大丈夫かなぁ……」

「分からん。だが、我々が加勢に行ったところで、足手纏いになるだけだろうな」

「足手纏い扱いされるくらいならいいが、最悪、ゴブリンを擦り付けられるってことも考えられる」


 駆け足で転職神殿に向かいながら、ルミナが心配そうに話しかけると、ジェニファーが思うところを正直に伝え、さらに付け加えるように、アンドレが考えられる最悪の状況の1つを語りました。


 ダンジョンの中は、弱肉強食の厳しい世界です。自分達が助かるためならば、厄介な魔物を見知らぬパーティーに擦り付けて逃げることくらいは平気でするでしょう。


 非力なポーター職のルミナを生贄にして逃げるようなパーティーリーダーもいるくらいなのです。相手が見知らぬ他人ならば躊躇うことはないでしょう。


「がんばれ! あともう少しだ!」

「「はぁ、はぁ、……」」


 ジェニファーが、アンドレとルミナに声を掛けましたが、彼らは息を切らせて走るのが精一杯で、返事をする余裕も無くなってきたようです。


 そんな様子を後ろから心配そうに眺めていたケータが、後ろを振り返ると、遠目にこちらへ向かって来る人達と彼らを追うマダラ模様のゴブリンの姿が見えました。


 どうやら、アンドレとルミナの走る速度が遅くて、かなり距離が縮まってきたようです。


「あっ……」

「1人、殺されたですネー!」


 ケータが声を漏らすと、続いてギプスが声を上げました。ケータとギプスは、マダラ模様のゴブリンに追われていたうちの1人が倒されたことが気配で分かったのでしょう。


 ギプスの声を聞いて、ルミナたちの顔が真っ青になり、走るスピードが上がったようです。


「全員殺されたみたいだね……」

「ハッハー! マダラゴブリンは、真っ直ぐこっちに向かってますネー!」


 どうやら、マダラ模様のゴブリンは、追いかけていた人達を全滅させて、ケータ達の方へと全速力で向かっているようです。


「突然、殺しちゃったみたいだけど、何でだろう?」

「う~ん、おそらくですが、新たな獲物を見つけたために、古い獲物はとっとと殺しちゃったってところですネー!」


「うひぃ!?」

「くそっ、遊んでるのか?」


 ケータの疑問に、ギプスが邪推してみせると、ルミナが短く悲鳴を上げて、ジェニファーが眉間に皺を寄せて怪訝な顔で言いました。アンドレは短く舌打ちをしただけで、苦虫を噛み締めた顔をして必死に走っています。


「速いね……」

「ハッハー! このままでは、じきに追いつかれてしまうですネー!」


 ケータが、ときおり後ろを振り向き確認すると、マダラ模様のゴブリンが凄い勢いで追いかけて来ていました。


「神殿の敷地に入れば安全だ。何とか逃げ切るぞ!」

「おう!」

「うん!」


 ジェニファーの叫びに、アンドレとルミナが応じます。すぐ先には、転職神殿の一部と思われる人工的な柱が立っています。おそらく、あの柱を越えた先が神殿の敷地だと思われます。


 転職神殿の敷地内には、不思議な力が働いているため、魔物は入ってこれないといわれています。いわゆる安全地帯なのです。


 嬉々として迫りくるマダラ模様のゴブリンは、下卑た笑みを見せながらどんどん近づいて来ます。


「グギャギャギャギャッ!」

「ひぃっ!?」


 ゴブリンの声が背後から聞こえて来て、ルミナは涙目で走ります。


「あっ!?」


 あと、もう少しというところで、ルミナが躓いて転んでしまいました。

 そこへ、もの凄い勢いで迫るマダラ模様のゴブリンが、下卑た笑みを浮かべて襲い掛かります。


「グギャッ!!」

「いやーっ!!」


 身を起こしつつ振り返ったルミナは、飛び掛かって来たマダラ模様のゴブリンを目の当たりにして、恐怖の顔を歪めて叫び声を上げるのでした。

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