第5話 筋トレ

「魔物はいないようですネー! ケータ! 今が筋トレのチャンスですネー!」

「おう!」


 今日も、ケータは、日課の筋トレを行います。


「ゴブリンですネー! 戦闘トレーニングですネー!」

「おう!」


 そして、ケータは、魔物相手に戦闘トレーニングを行います。


「ゴブリン討伐ご苦労様ですネー! 続けて、筋トレするですネー!」

「おう!」


 さらに、ケータは、筋トレを行います。


 ケータとギプスのダンジョンサバイバルは、もうかなりの期間に及んでいて、最近は筋トレ重視のトレーニングを行っていました。


 ギプスは、言います、「ハッハー! 筋トレすれば、強くなるですネー!」と。

 ギプスは、言います、「ハッハー! 筋肉は、正義ですネー!」と。

 そして、今日もケータは、ギプスを信じて筋トレを続けるのです。


 こうして、来る日も来る日も、ケータは、筋トレ重視のサバイバル生活をしながら広いダンジョンの中をじわりじわりと移動して行きます。


 魔物を倒しては筋トレを行い、木の実を採っては筋トレを行い、食事の前には筋トレを行い、森の中を走り込んでは筋トレを行い、眠る前にも筋トレを行う。まさに筋トレ三昧の毎日なのです。




 そんなある日のことです。森が開けたその先に、大きな岩に開いた怪しげな洞窟を見つけました。洞窟の前には大きな2本の柱が立ち、門のように見えます。


「ハッハー! あれは、おそらくゲートですネー!」

「げーと?」


「ダンジョンの階層を繋ぐ通り道ですネー!」

「う~ん、よくわかんない」


ゲートと聞いても幼いケータには、ピンとこないようです。ケータも強制労働していた時に、毎日ゲートをくぐっていたはずなのですが、単なる洞窟だとでも思っていたのでしょうか。


「ハッハー! とにかく、行ってみるですネー!」

「おう!」


ギプスに促されるまま、ケータは、ゲートのある洞窟に向かいます。




 【ダンジョンゲート】

 ダンジョンの階層間をつなぐ洞窟の出入口に必ずあるとされる門です。さまざまな形状の門が存在するため、目印としてマップに記載されることが多いです。ダンジョンを探索する者達の多くは、単にゲートと呼んでいます。




 ふゆふよと空中を泳ぐギプスの後に続いて、わくわく顔のケータがゲートに近付いて行きます。もちろん周囲の警戒は怠りません。


 ケータとギプスは、門の脇からそうっと洞窟の中を覗き込みました。


「おや? 誰か来るですネー」

「えっ?」


「ケータ、隠れるですネー」

「う、うん……」


 人の気配を感知したギプスは、ケータの耳元で小さく指示しました。ケータは、不安そうな顔をしながらも、この辺りの人間には見つかりたくないので、すぐにゲートから離れ、森の中へと身を隠しました。


 ケータとギプスは、気付かれないように気配を抑えて遠目に監視していると、洞窟の中から全部で8人の戦闘集団が出て来ました。彼らは、ケータとギプスに気付くことも無く、どこかへ行ってしまいました。


「ハッハー! ケータ! 次の階層へ行ってみるですネー!」

「おー!」


 ケータとギプスは、意気揚々とゲートの先にある階層を目指すことにしました。


 ケータとギプスは、もう一度、門の脇に立ち、洞窟の様子を探ります。


「魔物の気配も人間の気配もありませんネー」

「うん、そうみたいだね」


「ハッハー! チャンスですネー! 一気に駆け抜けるですネー!」

「ええっ!? しんちょうにすすまないとだめじゃない!?」


 突然、駆け抜けようと言い出したギプスに、ケータは戸惑ってしまいました。2人とも声が大きくなっていますが、人の気配が無いので問題ないのでしょう。


「もたもたしてると、前からも後ろからも人間達がやって来て、挟み撃ちにあってしまうですネー!」

「ええっ!? それはこまる!」


「だから、一気に駆け抜けるですネー! 途中で人間達の気配がしたら、全力で引き返すですネー!」

「わかった!」


 ケータは、ギプスの話に納得すると、ふんすと気合を入れました。


「突撃ですネー!」

「おー!」


 ギプスの掛け声で、ケータとギプスは、ゲートをくぐり、洞窟の中を全力で駆け出しました。


「ケータ! 急ぐですネー!」

「おう!」


「全力ダッシュですネー!」

「おう!」


「このまま、駆け抜けるですネー!」

「おう! うおおおおおぉぉぉぉ!!!!」


 壁がぼんやり光る洞窟の中を駆け抜けて、ケータとギプスは、トンネルのような洞窟を飛び出しました。開けた視界の先には、大きな岩が林立していました。


「取りあえず、こっち行くですネー!」

「わかったー!」


 ギプスの指示に従い、ケータは、林立する岩の合間を駆け抜けて、大きな岩の後ろに回り込み、岩を背中に辺りのようすを伺います。


「ハッハー! 誰にも見つからなかったようですネー!」

「まものもいないみたいだね」


「森の中とは違うので、気を付けるですネー!」

「おう!」


「それでは、ケータ! 筋トレするですネー!」

「おう! って、マジぃ!」


 ほっとしたのも束の間、ギプスから筋トレ指示が飛んできて、ケータは、信じられないとばかりに叫びました。


「それだけ元気があれば、筋トレできるですネー!」

「いや、ここって、きたばかりであぶなくない!?」


「大丈夫ですネー! 魔物の気配はないですネー!」

「いや、そうだけど……」


「つべこべ言わずに、筋トレするですネー! 強くなるため筋トレですネー!」

「わ、わかったよぉ……」


 何だかんだで、ケータは、筋トレをすることになるのでした。



 筋トレを終えて、ケータとギプスは、岩場の中を歩き始めました。岩場と言っても見渡せば、小さな森や林が点在しています。


 ほとんどが森と草原だったこれまでの階層とは違い、場所によっては、かなり見通しが良さそうです。そういった場所は、魔物を視認しやすいのですが、隠れる場所がないとも言えます。


「なんかいる……」

「そうですネー。もう少し近づいてみるですネー」


 ケータが、何かの気配を感じたようですが、点在する岩が邪魔して見えません。小声で話すギプスに従い、警戒しながら近づいてみることにしました。


 そうっと息を潜めて岩陰から近付くと、大きなトカゲの姿が見えました。


「おおとかげだ」

「トカゲの魔獣ですネー。1体だけだし、戦ってみるですネー」


「う、うん」

「良いトレーニングになるですネー。ケータ、頑張るですネー」


 ギプスに小声で戦ってみろと言われ、ケータは、緊張しながらも、静かにオオトカゲへと近づいて行きました。もちろん、奇襲が狙いです。


 そうっとそうっと、後ろから近寄り、ほどよい間合いまで詰めることができて、さぁ、奇襲を仕掛けようといったところで、突如オオトカゲが振り返り、目が合ってしまいました。


「うっ……」


 気付かれてしまい、小さく声を漏らしたケータは、オオトカゲと目を合わせたまま固まってしまいました。


 ケータもオオトカゲも目を合わせたまま、お互いピクリとも動きません。


 数秒経って、先に動いたのはオオトカゲでした。突然、オオトカゲがケータへ向かって駆け出してきたのです。


「はやっ!?」


 ケータは、オオトカゲの走る速さに驚き、一歩引き下がるも、タイミングを合わせて迎撃するべく、手にした棍棒を構えました。


 しかし、オオトカゲは、突然飛び上がって襲ってきました。


「うおっ!?」


 驚いたケータは、真横に飛んで転がり、オオトカゲの攻撃を躱しました。

 すぐに立ち上がったケータでしたが、着地したオオトカゲが既にケータに向かって飛び掛かってきています。


「このっ!」


 ケータは、無我夢中で、飛び込んでくるオオトカゲに棍棒を叩きつけながら、半歩斜めに下がり、オオトカゲの直撃を躱しました。


「このっ、このっ、このっ!!」


 間髪おかずに、ケータは、間近に落ちたオオトカゲを必死に棍棒で殴りつけます。オオトカゲは、体をくねらせ、必死に手足をばたつかせていましたが、いつしか動かなくなっていました。


「ストップ! ストップ! トカゲはもう死んでるですネー!」


 ぴゅいーっと空中を泳いできたギプスの声を聞いて、ケータはようやく攻撃をやめました。ケータは、肩で息をしながら疲れた顔で、オオトカゲを見下ろします。


「ハッハー! ちょーっと危なかったですが、何とか倒せたですネー!」

「はやくてびっくりしたー」


 ギプスの能天気な声に、ケータは、戦った感想を子供らしく述べました。


「奇襲が失敗したのも残念ですネー!」

「きゅうにこっちみるんだもん、びっくりしたよー」


「ケータの気配に気づいたですネー!」

「えー、そうっとちかづいたのにー」


「気配の消し方が甘かったですネー! ケータは、もっと気配を消すトレーニングするですネー!」

「むぅ……、がんばる……」


 奇襲が失敗した原因を指摘され、ケータは、ぷうっと頬を膨らませるも、トレーニングを頑張るようです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る