第5話「学園の外に出るということ」
(こっちは女装魔法使いだって、ばらしたいけど……)
女装魔法使いでい続けるためには、声変わりを隠すことが必須。
学園の外に出た後も寡黙キャラクターを貫いていれば、女装魔法使いとしてやっていけると思い込んでいた。
でも、寡黙キャラを貫いていたら、ノルカと会話が一切できない。
「与えてもらったチャンス、2人で有効に活用しましょう」
魔女試験に落ちた未熟者同士だから、追試に合格するためには相方が必要。
それはなんとなく察してはいたけど、女装魔法使いを貫くには相方の存在が邪魔でしかない。
(なんとか乗り切った? 乗り切ったよな!)
さっさと1人で偽魔女を10人捕まえて、追試験を終わらせようと思っていた。
でも、いざ相方と出会ってみると、おとなしい女装魔法使いを心配してくれる彼女の気遣いが素直に嬉しい。
(自分1人でなんでもかんでもやらないために、相方が用意されたのかも)
必要以上に干渉されることもなく、適度な距離を保ってくれるのなら、それはそれで行動がしやすくなる。
幼なじみのティアに頼りっぱなしの学園生活しか知らずに生きてきたけど、これなら外の世界に出てもなんとかやっていけそうだ。
「まずは作戦を立てるところからね」
目指すべき方向も同じとか、最高以外の何物でもない。
求めていた理想の関係を築くことができそうな予感に、相方の選抜にばーちゃんが手を加えてくれたのかなーなんて妄想も働く。
「歩くのが速かったら、声かけて」
ノルカは、俺がちゃんと付いてきているか後ろを振り向いて確認してくれる。
(いや、ありがたいよ……ありがたいけど……)
気遣ってくれるのは、凄く嬉しい。凄く助かる。
でも、女装魔法使いを維持しなければいけない身にとって、こういうささやかな気遣いは大きな苦労を伴う。
(俺、声が出せないんだって……)
声を出したいけれど、声を出すことは許されない。
相方に無理強いさせないノルカの優しさを感じつつ、ノルカがどんな話題を振っても頷くか否定することしかできないもどかしさも同時に感じる。
(今までは協力者がいたからやってこれたけど……)
なるべく口角を上げて、可愛らしい笑みを浮かべて、どこからどう見ても可愛い魔法使いを演じる。
ノルカに女装がばれないように必死に繕った笑みが、どうか引きつっていないようにと願う。
(これからどうやって、やっていけばいいんだよ!)
少しでもノルカの問いかけを回避するために、俺はおとなしくノルカの後を付いて行く。
(でも、魔法学園での7年の努力を無駄にするわけにいかない)
好意を無下にするとまでは言わないけれど、自分に優しくしてくれるノルカに対して申し訳ない態度をとっているなって自覚はある。
「ママっ、みてっ」
賑やかな街の中で、子ども特有の甲高い声を聴覚が拾う。
「まじょさんだ~」
子どもの傍には、荷物で両手が塞がっている母親の姿。
子どもの手を繋ぐことができず、自由に動き回る子どもの扱いに苦戦しているようだった。
(魔女でもないのに、手を振るのは変だよな)
俺とノルカが身にまとっているローブが、子どもにとっては珍しいものだということは分かる。
でも、魔女試験に落ちた俺たちが魔女のフリをするのもなんだか違う気がする。
正しい子どもの対応とか学ぶべきだったかもしれない。
「危ねっ」
「きゃあ」
今度は、子どもではない声を聴覚が拾う。
(なんだ?)
声は聞こえてくるものの、周囲をざわつかせている原因となっているものの正体が分からない。
「まじょさんっ!」
「待って!」
道の反対側から、子どもが道を横断して俺とノルカの元へと駆け寄ってくるのが見える。
その姿が見えると同時に、耳を割くような馬の疾走音が聴覚を襲う。
人が行き交う道を走っているとは思えない勢いある速度で、馬車がこちらに向かってくる。
「っ」
魔法学園の中では、すべてが練習だった。
でも、魔法学園の外で起こる出来事はすべてが本番だと身をもって知る。
「来るな!」
子どもの足を止めるために、咄嗟に大きな声を出す。
でも、声を届ける前に、やるべきことがあったのに。
魔女を目指す身なら、ほかにできることがあったのに。
「っ!」
馬車は速度を緩めることなく、幼い子どもの体へと突っ込んでいった。
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