迫る死
『うわあああああああっ!!!!!!』
そして、その場は大混乱に陥った。
戦う手段などない。チンケな魔法を放った者もいたが、ヤツの体には傷一つ付いてはいなかった。
残るはサイドツーのみ。だが、その肝心のサイドツーでさえ、武器がなければ———、
『待って待って嫌だ嫌だイヤだ死にたくない死にたくない死にたくない死にたくな待って!! 待って待ってそこダメダメダメダメダメダメああああああああああああああ———』
———あのザマだ。ヤツはサイドツーの装甲すら容易に噛み砕く。サイドツーに乗っていれば、もしかしたら抗えるかも———などと思っていた自分が馬鹿だった。
……むしろあの人のように、腹から徐々に食い破られるのを待つだけになってしまう。
まさに地獄だった。
———よって、対抗手段など無くなった。人々は既に奥に逃げ、もはやこの場には少ない人しか残っていない。
『だずげでえ゛え゛え゛え゛え゛っ゛っ゛っ゛!! い゛だい゛っ゛、い゛だい゛よ゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛っ゛っ゛っ゛っ゛あ———』
何より、アレを見せられては終わりだ。
「ははぁ……はう……はぅ…………っ」
恐怖で足が動かない。いや、ほんとは恐怖以外にも色々あった。でも、もはやこの足は動かない。
———ああ、そうだった。元から自分には何もなかったんだ。
あんな風に……魔術でみんなを護れる、サナさんのようにはいかず。この地獄を切り開く力もなく。生きることすらままならない。そんな空虚な人間だったんだ。
だから……こうなった。生きる支えも力もないのなら、こうも簡単に心は折れる。
死んで、いいかな。その方がきっと楽だ。うん、そうだ、そうしよう。どうせ何も護れない、護らない。そんなので罪を自覚するくらいなら、死んだ方が100倍マシだ。
……その方がいい。護るものも、帰るべきところも、元々何もないのだから。背負うものが何もないって、ここまで清々しいものなのだ。
声も出せない。動かない。ならそのままでいい。思考も止める。もはや考える事すら必要ない。死ぬだけだと言うのなら、目を瞑ればいいじゃないか。簡単な事だ。
「…………」
視界が完全に黒に染まる。でも、自分の心はこれよりも暗く、そして虚だったと思う。もう、今となってはどうでもいい事だ。
早く———ここまで来てくれ。そして、一思いに殺してくれ。そうすれば、僕は———、
「何ぼさっとしてんの、何でサイドツーにも乗ってないの、ちょっと!」
———、
「ちょっと! ねえ! 死んでる……わけじゃないわよね、だったら早く目ぇ覚ましなさい、いつまでも寝てていいワケないでしょ、ホラ早くっ!!」
この、声は……
「ぁ……」
「アンタねえ……敵が目の前にいるのに、何でこんなところで寝てるわけよ、ねえ!」
目が……開く。頭が正常に働いた。
開けた視界には、一面の氷の壁が。まさか、サナさんの氷魔術———、
「あ……そ……そ、の……」
「その、何よ! 怖気付いたりしたわけ、ねえ!
私言ったわよね、『今できることをしなさい』って! なのに貴方は、それをせずに放棄した! 何もかも、生きることさえも!」
「うっ———」
サナさんの顔は、今までに見たことないくらい険しいものだった。敵と同じように、僕そのものを憎む目だった。
「そんなの……そんなの、そんなのダメよ! 生きることを辞めちゃダメ! 生きて……生きるのよ、何があっても!
貴方には今、何が起こっているのか分からないのかもしれないし、この状況に対して困惑を示しているのかもしれない、でも……でも、生きるのを諦めちゃダメよ、絶対に!
生きていれば———いい事があるなんて、そんな都合のいい事私には言えないけど……それでも、チャンスはある。それを無下にすることは、絶対にダメ! 私はそんなの許さない!」
ここまで熱心に……と言うか、真剣に接してくれたのは、初めてだった。……でも、意味なんてない。もう僕に、生きる希望は灯っていない。
「幸せになれる……そのチャンスがあるのに、それをわざわざ逃すようなことをするの? 自分で? 私は貴方を、そんなふざけた弟子に育てた覚えはないわよ、ねえ!」
———それでも、僕には響かない。いや。響いてはいるんだ。僕自身の生きる希望が、もはや跡形も無くなっているだけ。
もう、やめてくれ。僕だってやめたいんだ。何も、かもを。
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