敵。
「……そうね。せっかくの記念品なんだから、もっとまじまじと見つめてからでも遅くな———」
『いやあああああーーーーーーっっ!!!!』
……何……何だ、今の声。
「サナさん、今の……」
「ケイ」
サナさんの目つきが、一瞬にして鋭いものへと切り替わる。……まさか、敵……とか言わないよな。
「は、はい……」
「…………敵よ。準備して。貴方はサイドツーに乗って戦うの」
「は———」
…………戦う? 準備? 敵?
何、言ってるんだ。このサイドツーで……ここにあるサイドツーで、戦う?
だってここにあるものは全て、実戦仕様じゃない競技仕様のサイドツー。それどころか武装も何一つありゃしない。
そもそも敵って何だよ、魔族か、それ以外か……はたまた相手もサイドツーなのか?!
何だよ……一体。
「敵の正体は、正直言って……私でも分からない。サイドツーではないし、魔物———モンスターの類でもない。
でも、魔力反応から見ると……本っ当に気持ち悪いものよ。貴方、魔術が下手で良かったわね。こんな魔力反応、感じ取るだけで私はイヤよ」
「そんな……えでも、戦えったって、僕……しかもサイドツーは武器も持ってなくって……」
「……とにかく、今は貴方にできることをして。少し席を外すから、それまでに———生きていてね」
相変わらずその視線は氷のようだったが、その僕に対する言葉だけは優しかった。
『こちらサンド1———もとい、サナ・グレイフォーバス! チーム・サンドの各員は、至急サイドツーに乗り込んで、整備員の安全を確保して!
———で、サンド2! イデア・セイバー! イデア、アンタ一体どこほっつき歩いてんの! さっさと出てきて、敵を食い止めるわよ!』
別れたサナさんによる放送が響き渡った後。その余韻の中には、若干の喧騒が含まれていた。
聞こえ続ける叫び声。何か巨大なものが、地面を移動している衝撃音。……確実に、何か良からぬことが起きている。
僕は…………戦う、べきなのか。
『サンド4、出る!』
『整備員さん、サイドツーの腕部に乗ってください!』
みんな……みんな、サイドツーに乗っている。僕自身チームメンバーとあまり交流はなかったが、アレに乗っているのはチームメンバーだ、間違いない。
じゃあ、僕も……乗るべき、なのか。
戦う……と言ったって、できるのか? こんな僕に、そんな事が———、
『うああああああああっ!!!! きっ、来たぞ……ヤツらが来たあああああっ!!!!』
『たっ、助けてくれええええええっ!!』
「えっ———」
間抜けな声が僕の口から漏れた直後。格納庫の一番奥の壁に、一瞬にして亀裂が入った。
「は…………っ、」
その亀裂は、次の瞬間には既に裂けており。僕たちと『
『なっ、なんなんだ……アレ……!』
『きっ、来た……来るぞ、ヤツは……人を食う!!』
その砂塵の中より現れた影。その影は、人の肉片のようなものだった。
「え———」
砂塵が晴れ、ヤツの姿が見えてゆく。人の肉をかき集めたような、赤黒い肉体を持つ4足歩行の化け物。
『なん……何なんだよ、アイツはぁ!』
その化け物が、一歩を踏み締めこちらに近づいて来る。だと言うのに、もはや誰一人として動けやしなかった。
『ひっ……ひいいいいいっ!!!!』
逃げられたはずなのに。そのヤツの目の前にいた人が、ヤツの上に生えていた『腕』に掴まれ持ち上げられた。
『たっ、たす……っ、たずえ゛ぐ…………っ゛』
そしてヤツが、その人間を自分の肉体に接着させた瞬間、ヤツの肉は裂け、中から白い何かが現れた。
———歯だ。
『はひぃっ! は———は、は、たべ、たべら、れる……っ、たべ……待って、待って、待って待って待って———!』
その助けは聞こえず。ヤツはそっとその口を開け、
『待って待って待って待って誰か誰か誰か誰か誰か助けてえええええええ゛ぐっ゛』
そのまま、その人の体は、ヤツの歯に押し潰されてしまった。鈍い音をまじまじと聞かされる。
「おぶ…………っば……っ、」
一瞬にして撒き散らされた血肉。どうにかできたはずなのに、僕たちは誰一人として動けず、その惨状を目撃していたままであった。
「う…………ゔぶ…………っか……ほ゛っ……」
頭が捻じ曲がる。今目の前で起きている状況の整理がつかない。
人が死んだ? 今ので? 殺された? 食われた? 食べられた? 誰も動かなくて? 助けてって助けを呼んでいたのに? それでも誰も動かなかった? 僕も? みんなも? それでもヤツは生きている? で? どうすればいいの? 何をすればいいの? 僕はどうして何のために何をしようとここにいて———、
その考えに、頭を支配された瞬間。
一番前にいたサイドツーの、足が崩された。
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