決勝戦/快進撃

◆◇◆◇◆◇◆◇


『搭乗ライセンス承認、LOGIC OS、起動確認』


 無機質な機械音声が、鉄でできたユニットコンテナ全体に響き渡る。


 そうだ。ケイは今、コイツに———汎用人型機動兵器、サイドツーに乗っている。


「スタートアップ・サイドツー・ラヴエル」




『搭乗者:ケイ・チェインズ……』


 意味はないのだが、その音声に合わせコクっと首で頷く。そうだ、ソレが僕の名前だ。


『サイドツー・ラヴエルモデル・起動。


 取得中…………メインモニター表示』


 瞬間、芝生で覆われた広場と、それを横から覆うように作られた木造の観客席が眼前に映る。


 しかしそれを見届ける目線は、通常の人間のそれよりかは二回りほど高かった。


 そうだ。今からが待ちに待った、の決勝戦。不安とワクワクが入り混じる中、僕の足は震えていた。



『あなたは、チーム1、です』

「分かってるよ、赤チームでしょ?」


『チーム1、です』

「…………」




 そっと足でペダルを踏み、機体を前進させる。

 満たされんばかりの影で埋められていた通路から、徐々に日光の差す通路へと景色が切り替わってゆく。


 それにつれて、すぐ横にて前進しているチームメイトのサイドツーも、その姿を徐々に現す。





『さて……敵も相当やり手よね……あー、決勝だってのにこのチームで大丈夫かしら……不安しかないわ』


 通信越しに女の———師匠の声がする。

 そう、僕のの師匠———だった人、サナさんだ。


『……ふん、このチームに参加してやったことだけでも、俺様に関しては感謝されるべきだと思うが』


 もう1つの声、それもチームメイトである男———イデアさんの声だ。




『エラソーに言ってくれるじゃないのよ……アンタの衣食住用意してやってるのは誰って訳?!』


 ……なぜだ、なぜ師匠たちは試合前だってのに論争をしてるんだ……?


『俺はアレンと戦えればいいだけだ、貴様に衣食住などを頼んだ覚えはない』


『なにをーーっ!……あーあ、ちょっと前までは敬語使って大人しくしてくれてたのに、あの頃のイデアとは段違いに生意気になったな~、そんなんだから彼女できないのよっ!』


 取ってつけたような師匠の最後の一言が、イデアに思いっきし突き刺さる。


 ……それより、アレンって誰なんだ。それよりそれより、試合始まるんですけど。あんなことしてて……大丈夫なわけないよな。


『何だと?!……貴様こそ、アレンに想———』


「喧嘩はそこまでにしてください、もう始まりますよ、試合」


 流石に見苦しいので止めるしかなかった。


 もう既に両チームのサイドツーは整列を終えており、目の前の芝生に引かれた白い線の向こう側にて、敵チームのサイドツーも既に整列を完了させていた中で。


 ……この人たちと来たら。

 いくら英雄とて、失礼がすぎる。


『ふん、誰が好き好んでこんなもの出てやるものか』

『……ににに~……こんの~……!』


 遅れて整列し直したサイドツーに乗る人たちが、世界を救ったと知ったら、観客はどんな顔をするだろうか。




 そう、この人たちはなのだ。

『ワンダー・ショウタイム』。それが、この世界を救った英雄の所属する———どこかアホくさいパーティ名だった。






 1年前。

 30余年にわたり繰り返された、魔族と人類の戦争は、この人たちの手によってその長き歴史に終止符が打たれた。


しろ』、『サナ・グレイフォーバス』、『イデア・セイバー』、『セン』、『コック(本名は違うらしいが)』。


 他にもたくさんの人の協力もあったのだろうが、主にこの5人の手によって、世界はのだ。


 その中でも『救世主』と謳われる白髪の少年、『白』が、1番の功労者だ。



 ……何せその白が、敵の親玉にして魔族の王『魔王』を倒したのだから。


 それで、今のこの平和があるわけだ。





『選手一同、礼っ!』


 コートの縁に立った審判が、その叫び声を轟かせる。


 ———で、この国はついこの前まで、剣と魔法の文明栄える国だった、そんな国だったはずなのに。


 なのに、僕たちは———今ここにいる皆は、ロボット———『サイドツー』とか言う、他大陸より搬入された汎用人型機動兵器に乗っていて。


『サイドボール設置、よ~しっ!!』


 ———そして目の前、コートの真ん中に置かれたのは、楕円だえんの形をした、人の身体より二回りも巨大なボールで。




『人界軍王都主催、第1回サイドポーツ大会決勝戦…………開始っ!!!!』


 そして今、決戦の火蓋は切られた。




 そうだ。サイドツーの才能があった僕は、コレ一本で生きる道を決意した。だから僕は、この大会に出ているんだ。


 サイドポーツ。非武装サイドツーを用いた立体的スポーツのことだ。まずは手始めにコレで勝つ。じゃないと、他のことじゃ自分は生きていけない気がするから。


 そう、コレは……僕たちの栄光に通じる道。

 この試合に勝つ為に、僕たちは練習してきたんだ。


 待ちに待った決勝戦———負けられは、しない!



『先陣はこの俺様が切る! 貴様らは勝手について来い!』

『ちょっ……ちょっと待ちなさいイデアっ!』


 開幕早々隊列を崩し、サイドツー腰部のメインスラスター———ブースターを用いてボールの方に突っ込んだのは、会話を聞く限りどー考えてもイデア機であろう。





 サイドポーツ。

 人はこの、SPSサイドパワースーツ———またの名を『汎用人型機動兵器サイドツー』と言うロボットに乗り込むことになる。


 そして、これと試合用ボールを用いて行われる、誰でも遊べる立体機動スポーツ……それこそがサイドポーツだ。


 ルールは簡単。


 あの楕円形のボール……サイドボールを機体の腕部で持つ。


 そしてそれを敵陣真正面にあるゴール———と定義された白線の向こう側に持っていくだけ。しかし、



『あーーーーっと! イデア選手、豪快な体当たりを決めていくーーっ! 次々と襲いかかる機体を薙ぎ倒して行きます!』


 そう、この機体を用いた体当たり、その他魔術行使などの妨害行為は可能となっている。この時点でもはや無法地帯と言わざるを得ないのだが。


 実際のところ何人も死人は出たらしい。……今は関係ないか、勝つことを考えるだけだ。



「え……えと、サナさ……師匠、アレって助けに行った方が……1人じゃまず———」


『まあ、あのままじゃボールを奪われる……いくら今までの試合で通用してたからって、この決勝に来てまで1人で突っ込むとか馬鹿としか言えないけど、どうやらその馬鹿さ加減が……意外と功を成してるっぽいしね…………


 ……各機へサンド1より、突撃を命じる! サンド2の援護、敵各機を抑え込みに行くわよっ!』



 サンド1……サナさんの機体の識別番号にしてコールサインだ。


 サンド2は同じくイデアさんので……僕の機体は確か……サンド3だったろうか。


 ———それより、スラスター点火、とりあえず突撃だ……!



『おっとイデア選手、ブラン選手にボールを明け渡すーっ! いくら英雄とは言えど、サイドポーツでは無力!! 快進撃はここまでだぁーーっ!!!!』


 実況の声だ……まさかもうボールが取られたのか……?



『なぁにしてんのイデアぁっ!!!!』


 そんなサナさんの愚痴とは正反対に、こっちのサイドツー全機は勢いよく敵陣へと突っ込んでいく。


『サンド1より各機! 敵機の妨害を掻い潜りながら、うまくサイドボールを奪って……』


 ———そんなこと……何をすればいいかなんてとっくの昔に分かってる。






 ……でも、だからこそ。今ここで僕がボールを奪う為には、突っ込んじゃダメだ。

 1度退いて、状況を冷静に、どう推移するか見極めて———そして食いかかる。



 それが今の僕に1番合ってる戦い方なんだ、どうする……命令違反も承知で退くか?!



『ブラン選手、怒涛の快進撃! このままゴールまで突き進むのでは?!』




『っまずい、サンド5より各機、抜かれた! サンド6、援護頼む!』

『サンド6より———もう抜かれてるっ! サンド4、できないっ?!』

『こちらサンド4! 敵機……っ……なんだその機動っ?!』



 味方の慌てる声が迫り来る。

 ———まずい。まずい、ヤバい。どう考えても劣勢だ……!



『ブラン選手凄まじい! 氷魔法をサイドツーの脚部にかけ、まるで床を滑るようなあまりにも軽快すぎるステップ、そしてブースターを利用した立体機動で、眼前の敵機を華麗にかわして行くーーっ!』



 ここは一旦退くべきだ、ここで行ったって僕も同じようになるだけだ、だったら……!




 ———気付いた、気付いてしまった。

 敵機———いいや、ブラン選手の動きが凄すぎるんだ、敵の他の機体も———ついて来れていない!


 護衛は0、いやでもそれに気付いたからって、何か変わるわけじゃ———あ。


 何か———ブラン機の後ろから……来てる?





『こちらサンド2。聞こえるかサンド3っ!』


 呼ばれた?!

 サンド2———つまり、イデアさんだ! 持ち直したんだ!




「はい! こちらサンド3です、まさか向かってる機体って———」



『———ああ、イデアだ。……ボールを奪うぞ、挟み撃ちにしてやろうっ!』

「はいっ!」







『あーーっとこれは挟み撃ちかーーっ! ブラン選手、ここで快進撃は終わりを告げてしま……?!』


 どうした、実況の反応がおかしい、一体何が———っ?!





『ブラン選手、減速しました! そのままイデア選手を華麗に避けつつ再加速ーーーっ!!!!』


『サンド2よりサンド3! すまん逃した、スラスターの逆噴射はするが追いつけそうにない!……しばらくお前1人に任せるぞ!』




「…………うそでしょ」


 ———なにが起こったのか。それは簡単だった。




 猛スピードで腰部スラスターを吹かして進んでいたブラン機———敵機が、そのスラスターを突如減速。


 そのままイデア機は減速できずにブラン機より前に突進したため、結果的にブラン機はイデア機の錯乱に成功したのだ。


『ブラン選手の向かう先には———ケイ選手だ、ケイ選手、ブラン選手相手に戦えるのかぁっ?!』


 だからアイツは、今からたった1人の僕の元に———来る!




 やるしかないんだ。

 ここまで来たら、本当に僕1人で。

 どんな方法でもいい、とりあえずヤツに接触する……!







 ———いや、抜かされた。

 このたった一瞬で、そう感じ取れるほどに。あまりにもそのクイックブーストは一瞬で———敵は軽々と、僕の頭上を飛び越えていった。


「…………でも、っ!」


 ここで終わらないと叫ぶなら。


「最後まで……できる限りあがくのみだっ……!!!!」




『どうなっているっ?! ……体勢を海老反りに持っていって、そのままスラスターを噴射してブラン機に後ろから突撃した?!


 一体全体、こりゃどんな姿勢制御してたらそうなるんだぁっ?!』



 試合は、どうなった……?


『素晴らしい、その技術、その判断、あの一瞬でその判断を咄嗟にできると言う技量! これが試合の良さだろぉっ!』


 一矢報いることはできたのか、僕は……?


 僕の作戦———そう呼称するには乏しいが、今の一瞬で、せめて相打ちに持っていく算段だったが———成功したのか……?



『ガラ空きのボールをイデア選手が奪取、そのまま敵陣ゴールまでダッシュだーーっははあっ!』


 今の実況のノリノリすぎる言葉———イデアさんが奪ったってことは、やっぱり……成功していたんだ……!


 ブラン機はひるんで追いかけるのが遅くなる、今のうちにイデアさんが行ってくれれば———勝てる!


『ブラン選手立ち上がりましたが……これは流石に無理でしょう……


 ケイ選手の尽力によって、試合は大逆転を迎えましたあぁっとここでゴールっ! イデア選手、ここでゴールを決めました!』





「———は、勝った、勝った、勝ってみせたぞ……!」


 歓喜に包まれる会場。



『優、勝、ですっ! 優勝チームが、たった今、この一瞬で入れ替わりましたぁっ!!!!』


 モニター越しに見えたのは、素晴らしい試合を見たことに感動したのだろうか、抱きしめ合ったり服を脱ぎ散らかす人たちだったり、色々と狂気に塗れていた。



『サンド3、お前やってくれたな本当に!』

『お前……お前すげえよマジで……あの状況であの判断とか、一体何をしてきたらできるんだよ……!』


 乱れ入る仲間たちの声。

 どの声も、勝利という事実にどこか浮き足立った弾みのある声だった。



 ———ああ、でも。

 勝ったんだ、僕は、今。

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