輝と影花

「影花〜!」

「来るな。」

「え〜そんなこといわずにさー。」

「輝めっちゃ避けられてんじゃん。ウケる〜。」

「いつまでやるつもり?」

「振り向いてもらうまでに決まってんじゃーん。」

ずっと、おどけたように、彼は言っている。

「ガチ恋じゃーん。」

「そうだよ。本気だよ?ずっと。」

「はいはい。」

チャイムが鳴る。彼はずっと他人を騙し続けているのだろうか。そういえば、彼が自分から話題を振ることはなかった。聞き役に徹していて、たまにボケる。そして、ツッコミが入る。彼はいったい、何がしたいのだろう。


放課後。

「影花ー。帰ろう。」

「やだ。」

形だけの拒絶。私も、彼も、クラスメイトを欺く。

帰り道でのみ、私は、彼と話す。

「ねぇ、輝は、どうして私なんかと関わるの?」

「なんかって言うなよ…そうだな。守るため、かな。」

「逆に私を不快にしただけだったよ。」

「いや、これしか方法がなかった。」

「どういうこと?」

「次のターゲットは君だった。それだけ。」

「っ!?」

「わかっただろ?」

「どうして…なんで私をっ!」

「……」

やっぱり、私は、彼とは違うんだ…

「分かったよ。それじゃ、またね。」

「…ああ…また。」


あの沈黙は、分からないってことなんだろうな…でも、私が聞きたかったこととは違う。


次の日の放課後。私は、聞きたかったことを聞こうとした。でも、聞けなかった。影花の休息タイム〜とか言って、関わって来なかった。どうしてだろう。

そして、次の日も、また次の日も。私は、避けられていた。


5日後。彼は、珍しく1人に。

「輝!」

「ん?」

「どうして…どうして私をさけるの!?」

「そのほうがお前は嬉しいだろ?」

「嬉しくなんてない……」

「え…と?」

え………あ、っ…

「ちょ、今のナシ!忘れて!」

「無理に決まってんだろ…。」

「え?なんて?」

「なんでもない。」

「そ、そう…。」

沈黙。

このままじゃダメ…聞かないと。あのことを。

「どうして、私を守るなんて言ったの?」

「…少しだけ、俺の昔話をすることになる。それでも良いか?」

頷く。

「分かった。こっちに来てくれ。」

私が良く知らない道を、彼は迷わずに歩く。

「ここ。」

「ここは…」

見覚えがある気がする…。

「景色、良いだろ?」

「うん…」

家々が立ち並ぶ住宅地。そんなところにポツンとあるこの公園。ここからの夜景は、いったいどんな景色になるだろうか。

「ここ、どうして知ってるの。」

「後ろ、アパートあるだろ。」

後ろを振り返ると、白一色のアパートが…え?

「ここ、前の俺の家。」

「ここ...輝。君も、ここに住んでいたんだね。」

見覚えがある。昔、私もここに住んでいたことがある。でも、引っ越しを余儀なくされた。

「それじゃあ、あの事件は知っているんだな。」

「うん。」

夫婦2人でナイフを刺し合って死んだ、あの事件。覚えている。

「死んだのは、俺の両親。」

「あ…じゃあ、もしかして――」

私の隣の部屋で、起きたのだから。

「私達は、会ったことがある。」

「会ったこと?このアパートで、か?」

「そう。」

「もしかして、隣に住んでいた泣き虫か?」

「泣き虫だった記憶はない。」

「ずっと泣いてただろ。」

「………」

覚えていないことに反論しようにも、全くできない。

「んじゃ、帰るか。」

「待って。まだ、答えを聞いてない。」

「覚えてたのか。俺は、お前を守る。これ以上、大切な人を失いたくないからな。」

「そっか。ありがとう。」

「んじゃ、帰るぞ。」

「うん。」

輝と一緒に居ても、苦しくない。それはなぜだろう。答えは私が自覚していないだけで、きっとここにある。



それから時は過ぎ、夏休みに入る。いつの間にか隣に輝が居るのが当たり前になっていた。あんなに嫌いだったのに。夏休みは、独りだった。輝は家に居ないらしく、私には他に友達と呼べる人もいない。必然的に、私は独りだった。

何をしようかな。宿題は終わった。娯楽と呼べるものはほとんどない。それに飽きてしまった。外に出ようか。今日はちょうど曇りの日だから出てみよう。

…どこに行こうか…服を見に行こうか。…どうせ黒い服ばかり買うからいいや。本、良いね。本屋に行こう。少し気になる本があるからちょうど良い。えっと、こっちだっけな。最近行ってないからなぁ。どうなってるんだろ。あ、着いた。うわ、漫画が多くなってる。小説のスペースが3割削られてるよ。今時、本なんて買う人が少ないから、本屋は潰れてっているらしいし、ここはまだ残っているけど、いつなくなるか分からない。あ、これだ。これを探してたんだよ。レジに行こう。

「お願いします。」

「はい。720円です。」

「これで。」

「ありがとうございましたー。」

買えた。良かった。家に帰ろう。


      ・ ・ ・

やっと読み終えた。次は伏線探しっと。



なるほど…ここが伏線だったのか。え、まさかここも!?凄い…。



      ・ ・ ・



夏休みが終わる。学校へ行く。頑張ろう。今日は。

階段の踊り場で、人とぶつかってしまった。

「ひ!?」

「あ…ごめんなさ…」

あれ…どっかで見たことあるような…

「影花…?」

「照?」

「やっぱり影花だ!久しぶり!」

「え、なんで?」

「こっちに、転校!今日から。」

「あー…今日から…今日、ちょっと大変な事を起こすから…」

「…どういう事?」

「虐めを無くす。ただそれだけ。」

「分かった。それじゃあまた、教室でね。」


虐めと呼ばれることは続く。忘れられない日常が続く。今まで、避けてきた。でも、逃げたくない。あの小説みたいに、誰かを救いたい。誰も救えなくたって良い。行動することが大事だって、教えてくれたから。この行動の伏線は、小説を読んだこと。そして、輝が私に、あのことを言ってくれたから。自信なんてない。勇気もない。できないかもしれない。でも、いつか、やらないといけないことだから。帰り際。私は、声を出す。

「もうやめようよ!」

「は?」

低い声が、耳に響く。

「誰も嫌がってないじゃん。誰も迷惑してないじゃん。今さらやめようよ。って、ウケる!うちら、何か悪いことでもしてる?」

「他人に、嫌がらせしてる。」

「そんなこと一切してないよ。ねぇ。」

肯定の言葉が投げつけられる。そんな中、1人だけ、否定した

「今までの行動は、ほとんど。」

「輝。あんた、」

「俺は、影花のことが好きだからな。そっちの味方をしないでどうする?」

輝、もう、私の味方をしなくても良いんだよ。どうして、まだ助けようとするの?

「悪いな。俺は、君が1番大切なんだ。」

自然と恥ずかしい言葉を言わないでよ、バカ…。

「証拠はないでしょう?」

…こういうことを言う人って、大抵犯人なんだよな〜。

「SNSにあげたからな。これ。」

証拠となる動画をあげるってこと?そしたら、輝も…

「ごめんな。影花。」

そして、

「お前ら、もう逃げられないからな。」

もう、取り返しのつかないことになった。事が大きくなりすぎてしまう。照。ごめん。

そのまま、私達は、外に出た。

「輝…私は、助けを望んでない…どうして…どうして君まで、悪者になるの…ねぇ…」

「泣くなよ。俺も、逃げない。影花を見て、そう、思ってしまったんだ。」

「…輝は、見ているだけじゃなかったの?」

何も、答えない。

「否定…しないんだね。でも、この動画の時だけだよね。君が、手を加えたのは。ずっと、見てたから。」

「でも、世間は俺も」

「だったら、私が、全部なんとかする。これからも、輝と一緒にいれるように。」


夜のニュースは、輝が投稿した動画のことでいっぱいだった。学校側の適切な対処が求められている。

それを、私が覆す。絶対に。



次の日。校門前には、報道陣がいた。皆スルーしていく。テレビに流れるとなると皆嫌なのだろう。私も例外ではない。

いったい、私に何ができるのだろうか。輝がいるから何でもできた部分が大きい気がする。どうしようか…

「影花。」

「あ…照。」

「大丈夫?」

「えっと…?」

「昨日、このままじゃ、ダメ、なんだよね」

「うん。でも、私1人でできるかなって。」

「手伝う?」

「大丈夫。きっと…」

ピーンポーンパーンポーンと、呼び出しのチャイム。

『陰野さん。至急職員室まで。』

「呼び出しかぁ…またね。照。」

「頑張って。」

きっと、昨日の事だ。

職員室の扉をノックし、

「失礼します。」

「陰野。こっちだ。」

カースト上位グループが、全員揃っていた。もちろん、輝もいる。

「さて、昨日のこの動画だが、これを投稿したのは誰だ。」

「俺です。」

「なぜこんなことをした。」

「…」

誰も、何も答えない。

「こっちは評判が悪くなってきてるんだ。何か言ったらどうなんだ!」

私のせいで、私のせいで皆、迷惑している。私のしたことは、間違っていたのかな…たった1つのクラス、たった1つの命よりも、学校のほうが大事?違うよね。

「先生。もしも、動画のような状況が続いてたら、どうなっていたか、考えたことはありますか?」

「そんなの、先生達で止められた。」

「本当に?」

「先生、こいつらは、そんなに甘くはない。止められるはずがないんです。」

「分かっていたら、止められたはずだ。」

「分かっていたら?」

後ろの主導者達が、どうせ退学だからと声をあげる。

「今まで、先生達あんたらはこのことを知らなかった。今頃、なんて。」

「うるさい!」

拳を振り上げた。振り下ろされる事はなかった。

「飯田先生。そこまでですよ。」

「校長…。」

「生徒が、正しいのですよ。ありがとうございました。影野さん。」

「私は、キッカケを作っただけです。本当に行動したのは、輝、彼です。」

「そうかい。先生、評判よりも、生徒ですよ。」

「はい…でも、動画では、彼も、」

「いいえ。彼は、あの一回以外関与していないのでしょう。これが、私の結論です。全ての辻づまがあった。」

良かった。校長先生は、観察眼が鋭いみたい。

「校長先生、ありがとうございました。」

「私も、あなた達のことは見ていたので。自分で解決できて良かったですね。」

「はい。」

結局、私は何もせずに終わった。未来は、校長先生によって変えられた。私にも、何かできることは――。

「教室に戻って良いですよ。」

「輝、行こ。」

輝は、優しく微笑んで

「ああ。」

と言った。


・ ・ ・


放課後。

「影野さん、ありがとう。君のおかげで平和になったって聞いたよ。」

「私は何も。最後は、輝がやってくれた。」

「ううん。ありがとう。君が、行動していなかったら、今頃どうなっていたのか分からないから。輝君も。ありがとう。」

「もっと早めに止められていたら良かったんだけどな。」

「それじゃ、またね。」

「う、うん。」

「さて、俺達も帰るか。」

「影花ー!」

「照。」

「あれ?邪魔しちゃった感じかな…。」

「せっかくだし、3人で帰るか。」

「そうだね。」

「…無視しないでよ…。」

「はいはい。」


やっぱり、平和が1番だな。

明日からも、頑張ろ。


・・・


輝と私は、今日も一緒に登校する。これが当たり前。平和すぎる日常を、過ごしていく。クラスの全員が仲良くなり、前とは大違いだ。それでも、輝は、私以外とは必要最低限の会話しかしない。まだ、信じられない。そう言って。それでも、私は皆と仲良くしてほしい。そう思ってるから。輝。


「影花。」

私を呼ぶ、聞き慣れた声。

「今日はどうするの?輝。」

「そうだな…」

公園に行くか、私の家に来るか、そのまま帰るか。その3択。

「公園。」

「そっか。じゃあ、行こっか。」


道中。

「公園、好きなの?」

「あそこからの景色が好きなんだ。後ろを見れば家があるし。」

家。その言葉が、何故か突き刺さる。

「変だよな。もう、居ないのに。」

「変じゃないよ。」

強いな。輝は。私とは、違うんだ。

「きっと、大切なだけだよ。思い出が。」

「そっか。そう、だよな。」

「着いたね。……何回見ても、綺麗。」

「そうだな」

――えいちゃん。僕がずっと、守ってあげる――

そう、聞こえた気がした。

数分後。帰路につく。

私達は、会ったことがある。前に、輝が言っていた言葉だ。会ったことがあるなら、公園で遊んだことはあるだろうか。

「輝。あの公園で、遊んだことある?」

「あるよ。」

「1人?」

「泣き虫が一緒だった。」

「へ〜。」

「そっちから聞いてきてその反応はないだろ。」

「いや、だって……」

「だって?」

「なんでもない!」

嬉しいのを隠したなんて言えるわけない……。

声を聞いて思い出した。私は、泣き虫だった。それを慰めて、笑わせてくれた子がいた。男の子。――ずっと、守ってあげる――約束――。覚えていたんだね。輝。私が、泣き虫だと知る前から、ずっと。

「輝。ありがと。」

「なんだよ。急に。」

「守ってくれて、ありがとう!」

なんだろう。この気持ち。嬉しいとかありがとうでは済まされないような、そんな気持ち。

――その気持ちに、私はまだ、名前をつける事ができなかった――



・・・



「父さん。母さん。ただいま。」

いつも通り、家には誰もいない。あるのは、机と椅子と本棚、そして、仏壇。手を合わせて、祈る。

「っ……」

視界がぼやける。

まただ…公園に行くと、いつもこうなる。

「どうして…だよっ…。」

早く、止まってくれよ。もう、乗り越えたはずだろ。

――輝。ごめんね――

「あ………あ…」

叫び声が、発せられた。


         ・ ・ ・


「ただいま。」

誰もいない。母さんは何時頃帰ってくるんだろう。父さんに手を合わせておこう。父さんは、火事の日に人を助けた。助けた中には、私と仲が良かった人もいたと聞いた。勇敢だった父さんのように、私はなれない。けど、少し、ほんの少しだけで良いから、私も――。

立ち上がり、呟く。

「輝…。」

この気持ちは、いったいなんだろう。


――この気持ちに名前を付けられた時、私ははいったい、どうするんだろう――



          ・ ・ ・


公園に行かなければ良かった。何度も、何度も泣き叫ぶのなら、公園になんて…。でも、あそこに行くと、父さんと母さんに会える気がしてしまうから。そして、思い出の場所だから。俺が、の人と、出会い、遊んだ場所。だから――。


       ・ ・ ・


「…早く、付き合っちゃえば良いのに。」

影花が、輝と一緒にいるときは、いつも楽しそうに笑う。私――テル――は、影花を見習いたい。そう思ってる。だって、クラスを変えたんだよ!?本人は輝のおかげだって言うけどさ、絶対、影花が行動したから、輝も動けたって思ってる。影花はすごいんだよ。私が、私達が思っているよりも、ずっと。輝、影花のことが好きなのは、バレてるから。影花がいなかったら、きっと、壊れてたよ。私も、あのアパートの住民だったから、知ってるよ。



――影花、輝、照。この3人は、

友達である――。

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