第110話 愛

「が……は……」


 レウスが崩れ落ちる。天を見上げるレウス。全身から漏れ出る経験値の光……限界を迎えた彼は指一本動けない様子だった。


 ジェラルドがフラフラとどこかへ歩いて行く。


「待て……私は、まだ……い、生きている、ぞ……」


「……悪りぃな。止めを刺す余力なんてねぇんだよ」


「な、らせめてドロシーの魂を……頼む……」


「嫌だね」


 ジェラルドがレウスの元に戻って行く。


「俺は自分で手一杯だ。他人の大事なもんなんて背負う余裕なんてねぇ」


「なんだ……それは……」


 ジェラルドがレウスに仮面を被せる。それは、彼が弾き飛ばした魔力を微量だけ回復させる仮面だった。


「……何のつもりだ?」


「レウス。お前はドロシーは何の為に生きていたと言っていたな? 恐らくだが……ドロシーはそんなこと気にしちゃいなかったと思うぜ?」


「……」


「お前は持ってんだろ? 『死者の声を聞く魔法』を。ドロシーの魂に直接聞くんだな。それから死んでも、遅くねぇ」



 フラフラと歩いていくジェラルド。



 彼は扉の前に立つと、横目でレウスを見た。



「だが……ま、もし万が一お前が生き残ったら『ゴウランの村』に行くんだな。そこに変わった森・・・・・があるからよ」



 そう言うと、ジェラルドは魔王の間を後にした。



 静寂の中、仮面を被った男が1人。ぼんやりと天を見上げる。



「何という甘い男だ……私が再びロナを襲うかもしれないというのに」



 しかし……甘いのは、私もか……。



 レウスには、目的の為に捨て切れない何かがあった。彼が冷酷になれば、もっと非道な手段に出ることもできたのだから。


 だが、レウスはそれをしなかった。


 レウスが胸に手を当てる。


「……分からない、なぜなのか」


 仮面によってほんのわずかに回復した魔力。それをレウスが右手に込めた。


「ドロシーの記憶を……私の脳裏に映すだけであればこの魔力量でも……」


 そして、彼は仲間・・に居場所を教えて貰い手に入れた、禁呪を発動した。ドロシーの魂へと向かって。


生命の記憶レミニセンス


 シリウスの脳裏に、ドロシーの記憶が映し出される。それは、ドロシーが逃げ出した日の記憶だった──。




◇◇◇


 12年前。


 ──魔王城。




「うぅ……ロロシー……」


 目の前で泣く小さな女の子。魔王が作り出した、私の模造品コピー


 この子は……明日、魔王に体を奪われるという運命を知らず、私と離れることに悲しみを抱いていた。


「ロロシぃ……」


 その泣く姿を見てたまらなく胸が苦しくなる。それを無理やり押さえ込んだ。明日になれば私の苦しみは終わる。穏やかな日々が待っている。


 レウスと共に過ごす穏やかな日々が……。


「おいで」


 女の子を抱きしめる。この子に情が移らないよう名前をつけず、一緒に過ごしてきたじゃないか。なぜ、今日になって……。


「……スースー」


 私が抱きしめると、女の子はすぐに眠ってしまう。一切の警戒の無い寝顔を見てしまう。


「……」


 部屋を見渡す。そこには私の絵が飾ってあった。この子が書いてくれた私の絵が……。


 ……この子は明日、死ぬ。

 


 魔王に体を奪われて……。



 ……。



 この子は、何の為に生まれたの?



 私はひどい人生だったけど……両親との思い出があって、愛された記憶があって……レウスに出会えた。




 でもこの子は……。



 ……。



 この子は私の模造品コピーなんかじゃない。自分の意思を持っていて、私を慕ってくれている。愛してくれている。本当は分かっていたじゃないか……私もこの子のことを……愛していると。




 この子は生きなければならない。




 気がつくと、女の子を連れ出して部屋を抜け出していた。ずっと使わなかったゲイルの血の身体強化の力を使って。




 見張りの兵士を殺し、魔導士を探す。



 レウスが言っていた。魔族は他の地域に瞬間的に移動できる魔法を使えると……。



 魔王城を進むと、研究室のような所に出た。



「全く。困ったものだ……魂を呼ぶ魔法の管理を任せきりにされるとは……しかし……異世界からも魂を引き寄せられる魔法……か。面白い物を作られたものだ」



 魔導士が大きな魔法陣を眺めているのが見える。女の子を扉の前に待たせ、ゆっくりと魔導士に近づく。背後まで近づくと、殺した兵士から奪った剣を突き付ける。


「騒いだら殺す」


「ひっ……!?」


移動魔法ブリンクは使える?」


「つ、使えます……」


 女の子を呼び、兵士の首元に剣を当てる。


「移動魔法を使え」


「ま、待て。この魔法陣は今実験起動中なんだ……っ! 停止させないと何が起こるか……」


 魔法陣へと目を向ける。確か、異世界から魂を呼び寄せるとか何とか言っていたな……。


 何が起こるか分からない……か。構わない。この子が少しでも生き延びる可能性が上がるなら。


「とにかく移動魔法を使いなさい。さもなければ殺す」


「は、はい……っ!」



 魔導士が移動魔法を使う。目の前の景色が変わっていく。



「ロロシー?」



「貴方は何も心配しなくていいのよ? 私が絶対に逃して見せるから」



 女の子が何も分からないような顔で私を見つめる。その顔がたまらなく愛おしく感じる。もしかしたら……私の両親もこんな気持ちだったのかもしれない。



 その子の頬を撫でる。



 貴方と過ごした1年。それは、私にとって何よりも大切な1年だった。



 貴方が泣いて、私が慰めて、レウスがそれを見ていたいた、微笑んでいた……私はそれだけで充分だった。



 ……。



 生きて欲しい。



 生きて、幸せになって欲しい。



 それがなぜなのか分からないけど。



 貴方が私の何なのか言葉にできないけど。



 でも……大切な子。私の愛しい子。私の命よりも、ずっと……。



 ごめんなさいレウス。貴方の気持ちを踏み躙ってしまって。



 それでも……私は……。





◇◇◇


 現代。



 ──魔王城。



 仮面の男の脳裏で、最愛の人の記憶が消えていく。その魂の記憶が消えていく。



「は、はは……そうか。ドロシーは、見つけていたのか……」



 仮面の隙間から何かが流れる。それは男が生まれて初めて流した暖かいものだった。



「何の為に……か」



 最愛の人を亡くした男は、ただ天を見つめた。崩壊した魔王の間。その天井にぽっかりと穴が開いていた。そこからは空が見えた。先ほどまで命懸けの戦いをしていたように見えない、美しい空が。



「なら、意味はあったのかも、しれないな……こんな私の、悪あがきでも……」



 フワリと、ドロシーの魂がレウスの目の前に現れる。



「私は……間違える所だったよ」



 その青白い光に、人影が見える気がする。最愛の人がそこに立っている気がする。



 ドロシーと別れてから初めて、レウス・ゴルドウィン思いやる者は彼女の存在を身近に感じた──。





―――――――――――

 あとがき。


 次回、最終回です。








  

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