第108話 二人の男

 倒れ込んだデスタロウズの亡骸を見てロナが呟く。


「し、死んだの? 消えないよ……?」


 ジェラルドが警戒しながら近付き、その首筋に手を当てる。


「間違いねぇ。死んでるぜ」


「はぁ……なんだか変な感じ。今までの敵は全部消えてたから……」


 腕を押さえたレウスが、ヨロヨロと2人に近付いた。


「魔王デスタロウズはヤツに生み出された我らとは違い、光にはなりません」


 レウスがその頭に手を当てる。


「この響き渡る違和感……ヤツから生まれた者は魔王の死を感じ取っているでしょうね」


「そ、そっかぁ……はぁ……」


 ロナが地面へと座り込む。


「正直、限界だよ……力、全部使い切っちゃった……」


「相手が魔王だったんだ。仕方ねぇさ」


 そう言いながら、ジェラルドが回復薬を一気に飲み干す。


「ロナああ〜!! ジェラルドぉ〜!!」

「やったでありますなぁ!!」


 駆け寄って来たエオルとブリジット。2人はジェラルドとロナに抱き付いた。


「良かったぁ……私、動けなくて……2人の戦い見てることしかできなかったがら……」


 涙でクシャクシャになったエオル。そんな彼女をロナはそっと抱きしめた。


「ううん。エオルの魔法はいっぱい僕達を助けてくれたよ」


「うん……」


「でもエオルも無事で良かった。デスタロウズに斬られた時、もうダメかと思ったよ」


「ジェラルドがね、回復の巻物スクロールを使ってくれたの」


「……相当ヤバかったからな。ブリジットとレウスまで助ける暇が無かった。すまん」


「良いであります! 全然気にしていないであります!」


 ふと何かに気付いたジェラルド。彼は、デスタロウズの側にしゃがみ込むレウスを見た。


魂滅魔法ソウルレス


 魔法を発動したレウスの右手が、デスタロウズの体内へと入っていく。そして、その体から何かを引き抜いた。


魂滅魔法ソウルレス、習得してたのかよ」


「えぇ。研究者ゾニングに再び作らせていたのです。この日の為に」


「……そうか」


 ジェラルドがレウスの右手を見る。


「ドロシーの魂の方はどうだ?」


「はい。ここに」


 レウスが手のひらを見せると、青白い光の球がその手の上にホワホワと浮いていた。


「それが……」


「えぇ。長い時間をかけてしまいましたが、ようやく助け出すことができました」


 レウスが胸に手当てるとドロシーの魂が彼の胸の中へと収まる。


落ち着く・・・・まで私の胸にいて貰いましょう」


「そうか」


 そう言うと、レウスが懐から回復の巻物スクロールを取り出し、発動する。彼の肩の傷が回復していく。



「レウスさん。ドロシーの魂は?」



 エオルとブリジットに担がれたロナが歩み寄る。



 それをジェラルドは……手で制した。



「師匠……?」


「ドロシーの魂は無事だぜ。安心しろ」


「う、うん……」


 師匠のいつもと違う雰囲気にロナが困惑した顔を浮かべる。


「エオル。ブリジット」


「? 何よ?」

「どうしたでありますか?」


「ロナを連れて先にエメラルダスへ帰ってろ」


「え? 師匠はどうするの?」


「俺はレウスの今後について話があるからよ。お前は先に戻ってエメラルダスの戦争を終わらせて来い」


 ジェラルドが、大地に刺さっていた魔剣フレイブランドをロナへと渡す。


「コイツがあれば戦争は終わらせられる。魔王の死を配下に伝えられる」


「……うん。分かったよ」



 ジェラルドの言葉。



 それは全て「嘘」である。



 先ほどレウスは言った。魔王の配下達は「魔王の死を感じることができる」と。それは現在エメラルダスを攻撃している者も同じ。魔王の死を知れば彼らの士気は崩壊し、その勝利は無くなるのだから。


 しかし、ジェラルドにはロナにこの場から去って貰う必要があった。


 ジェラルドがエオルへ耳打ちする。



「俺が死んだら、ロナのことを頼む」


「え、何よそれ?」


「頼む。エオルだからこそ、頼みたい」


 ジェラルドの隻眼……その瞳に一切の嘘はない。それを感じ取ったエオルは、戸惑いながらもゆっくりと頷いた。


「ブリジット! 2人のこと守ってやってくれよ? なんて言ってもお前は勇者パーティの前衛なんだからよ!」


「任せるであります! 2人はジブンが命に変えても無事に送り届けますからな!」


「よし! じゃ、先に帰ってろ。なぁレウス? お前もそれでいいだろ?」


 ジェラルドがおどけたような声を上げる。


「……」


「おいおい。ロナに礼くらい言っとけって。再会した時もよ。その方が気まずくねぇ・・・・・・だろ?」


「そう……ですね」



 レウスはゆっくりとロナへと顔を向ける。



「貴方のおかげでドロシーの魂を救えました。本当に、ありがとう」



「……うん。ドロシーの魂。レウスさんがとむらってあげてね」



「……はい。後は任せて下さい」



 ジェラルドがロナの頭へポンと手を乗せる。


「じゃあなロナ。2人とも。気を付けて帰れよ」



「うん。師匠も、気を付けて帰って来てね」



 笑みを見せるロナ。うつむくエオル。彼女達を……ブリジットが導くように連れて行く。



 そして、扉はバタリと音を立てて閉まった──。




◇◇◇


 ロナ達が扉を出て、少し経った頃。


 ジェラルドはゆっくりと振り返った。全神経を集中させ、一切の油断か無いように。


「……気付いていたのですね」


「へへ。分かるぜ。今の俺・・・とお前は似てるからな」


 ジェラルドが、ガルスソードⅠの鞘に手をかける。


「お前の目的はよぉ。魔王からドロシーの魂を奪い返すだけじゃねぇ……ロナの体・・・・を奪い・・・、ドロシーをこの世に復活させることだろ?」


「強大な魂を持つ魔王とは違い、人は似通った魂の器としか適合しない……私が数年かけて調べ上げた結果です」


 レウスが全身から魔力を発する。それは、明らかにジェラルドに敵意を向ける者の行動だった。


「しかし、いつから確信を?」


「言ったろ。俺とお前は似てる。俺も同じことをするさ。ロナの為だったらな」


 ジェラルドが抜刀の構えを取る。


「だが、ま。確実だと思えたのは魔王城への攻撃を提案して来た時だな。魔導騎士達を連れての魔王城襲撃……スパイにしては俺達に肩入れしすぎだ」


 ジェラルドが思考の片隅で己の残り武器を確かめる。それは、彼が戦闘前に必ず行っている行動。ジェラルドもレウスへと敵意を向ける。


「そして今、お前が魂滅魔法を習得していることを知った……ドロシー復活の可能性があるなら、絶対にロナを狙う」



「良くご存知で」


「俺ならそうする」



 ジェラルドが体にまとう紫の光。イリスの身体強化魔法……それは、魔王を倒すだけでなく、この時の為でもあった。



 全てが終わった後、魔王軍知将シリウスと一騎打ちをする為に。



「でもよ、信じてたのは間違い無いぜレウス。お前のドロシーへの想いを……俺は信じた。だからこそ魔王を倒せると確信した。だからそ、お前の願いに乗った」



「私も同じです。貴方達の力が無ければ魔王は倒せないのは分かっていましたから……だからこそ私は全てを貴方達に賭けた」



 レウスが手をかざす。



 本来のレウスの力であれば、ジェラルドを一瞬で殺すことができた。魔王軍知将シリウスの本来の力ならば。



 しかし……。



 仮面によって僅かしか回復しなかった魔力。回復の巻物スクロールでは完全に戻せなかった体力。



 一方で、身体強化で極限まで到達したジェラルド。



 弱体化した強き者と強化した弱き者。



 今、2人の男の力は……完全に拮抗きっこうしている状態にあった。




「じゃあなレウス。お前のこと、嫌いじゃなかったぜ」


「さようならジェラルド。貴方には感謝していますよ」



 ジリジリと間合いを詰め、隙をうかがう2人の男。



 2人だけの魔王の間で、崩壊した魔王の間でボロボロになった外壁が崩れ落ちる。



 その音が響いた瞬間──。



「……行くぜ!!」



 ジェラルドは、最後の戦いへの一歩を踏み出した。




―――――――――――

 あとがき。


ラストバトルです。2人の男の大切な者を賭けた戦い。どうぞ最後までご覧下さい。

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