第104話 裏切りのレウス

 昏睡したロナ前に、魔王軍知将シリウスレウスが主君へと向き直る。


「魔王様。今こそ器へと御身を」


「……よもや廃棄した計画が我が手元へと届くとはな」


 魔王デスタロウズがゆっくりとロナへ歩み寄っていく。


「やめなさい!! 重力魔法を解いて!!」


「レウス殿!! なぜでありますか!!!」


 叫ぶエオルとブリジット。そんな彼女達を見てレウスがため息を吐く。


「貴方達も随分お人好しですね。私が本気で仲間になったと思っていたのですか?」


「く……っ! ロナ……」


エオルの瞳に悔し涙が浮かぶ。それは、ロナがこの世から消えてしまう瀬戸際で、自分にはそれを助ける術が無いことへの悔しさ。


「……」


 レウスはそんなエオルの様子を無表情で見つめた。



 魔王がその手に「魂滅魔法ソウルレス」を発動する。魂を抜き出し、入れ替えることを可能にする魔法を。



「やめろおおおおおお!!」


 叫ぶジェラルド。しかし、どれほど体をもがこうとも重力魔法に押さえ付けられたその体が自由になることはない。


「……うるさい人間共ですね」


 レウスが重力魔法の威力を強める。バキバキという音と共にジェラルドが大地へと押し付けられる。


「うぐっ……っ!!」


 ギリギリと押さえつける重圧。


「ロナアアアアアァァァ!!」


 ジェラルドが叫ぶ。しかし、その声は広大な空間に虚しく響くだけであった。


「殺してやる……っ! 私の魔法で絶対に殺してやるから!!」


「できもしないことを」



 レウスがエオルに気を取られた隙に、ブリジットが魔導騎士達に指示を出す。彼女の意思に合わせて魔導書を光らせる。重力魔法の範囲外にいた魔導騎士たちが、背後からレウス達へと飛びかかった。


「ギギ!!」

「ギ!!」


「魔王様の前です。ひざまずけ。」


 シリウスが背後を見ることもなく「重力魔法グラヴィト」を発動する。


「ギッ!?」

「ギァ!?」


 魔導騎士達が大地へと叩きつけられ、メリメリと大地へ埋め込まれてしまう。



「あ、ぁ……ジブンの仲間達が……」



「人間は殺すなよシリウス。ヤツらに勇者が魔王に肉体を奪われる絶望を味合わせる」


「はっ」

 


 叫ぶ勇者ロナの仲間達を横目に魔王が魂滅魔法の灯る腕を振り上げる。



「器。貴様の体……頂くぞ」



 魔王がその腕を振り下ろした——。






















 その腕がロナを貫く直前。








 眠れる少女の両眼が開いた。



 その両眼に赤い光が灯る。ロナの全身から禍々しいオーラが溢れ出す。



「デスタロウズ!!」



 ロナが手にしていた「原初のアミュレット」を魔王デスタロウズへと向けた。



「……っ!?」



 原初のアミュレットが青い輝きを放つ。魔王は光を避けようとその体を霧のように霧散させる。



重握魔法グラヴィセイズ!!」



 レウスが重力魔法で作り出した手で周囲の空間を掴む。重力に捕えられ、魔王の霧は逃げ場を失いアミュレットの光が直撃した。


 光が当たった魔王の体は、霧状から元の人型へと戻ってしまう。



「シリウス……何のつもりだ?」



 デスタロウズがシリウスを睨み付ける。レウスは、仮面で射抜くような視線を遮ると、その感情を爆発させた。



「ドロシーの仇……っ!! ここで討たせて貰う!」



 重握魔法の力を強めるレウス。その姿を見た魔王は呆れたようにため息を吐いた。



「……あの女にほだされたのか。失敗作め」


「黙れ! 貴様は必ず殺す!」


 魔王が配下を拘束する為の魔法「拘束魔法リストリクト」を放つ。その瞬間、レウスの体は石のように動かなくなってしまう。


「ぐっ……っ!?」


「馬鹿者が。我に手綱を握られていることを忘れたか」


 魔王が重握魔法の圧力を力付くで超え、ギリギリと手を伸ばす。レウスへと魔法を放とうと手を差し出した瞬間──。



 勇者ロナが魔王の元へと飛び込んだ。


「クロスラッシュ!!」


 放たれる十字の斬撃。魔王がそれに意識を奪われと、レウスにかけられた拘束魔法が消えた。


「死ねぇ!! デスタロウズ!!」


 重握魔法でデスタロウズを壁面へと投げ付けるレウス。魔王が叩き付けられた衝撃が、魔王城全体に轟音を響かせる。



 レウスが叫ぶ。



「魔王はアミュレットの光を浴びました! 攻撃も通る! 早く体勢を!」


 ジェラルド達の重力魔法が解除される。



「立てエオル。ブリジット。こっからが魔王戦だ」




「どいうことよ!?」

「レウス殿は裏切ったんじゃないでありますか!?」


「すまねぇ……今のは全部芝居だ。デスタロウズにアミュレットの光を当てる為のな」


 魔王の物理攻撃が効かない特性。それを打ち破るには原初のアミュレットの光を当てる他ない。


 魔王の警戒を破るにはレウスの任務を利用することが最も確実だった。しかし、生半可なことをすればアミュレットを使う前に見破られてしまう。


 だからこそ、ジェラルドはエオルとブリジットにはこの作戦を伝えなかった。レウスは信用できるとジェラルドが確信を持って伝えれば、彼女達は信用してくれるから……その信頼を利用することでデスタロウズを陥れた。



 ジェラルドとレウスの騙し討ちに。



 そう。つまりは嘘なのである。



 レウスの裏切りもロナへの精神支配も。


 ジェラルドは魔王討伐において・・・・・・・・、レウスを絶対的に信用・・・・・・していた・・・・。だからこそ、この作戦を実行した。



 それはレウスの行動理念がドロシーであると知ったから。



 彼にとってのドロシーは、ジェラルドにとってのロナと同じだと……ゲイル族の里で知ったから。



 レウスは自分と似ている。大切な女の為に戦う者だと悟った。



 だからこそジェラルドは信頼を置いたのだ。




「もう! 後でぶん殴ってやるからね!」


「許せないでありますよ!」


「悪い。全部終わったらどんなことされてもいいからよ……今だけは水に流してくれ」


 ジェラルドの真剣な眼差しに、エオルは肩をすくめた。


「はぁ……仕方ないわねぇ。まぁロナは助かった訳だし? 私達を信用していたから……ってことにしておいてあげるわ」


「後でちゃんと借りは返して貰うでありますからな!」

「ギッ!」

「ギギッ!!」


 ブリジットが魔導騎士達と共に身構える。



 「ありがとな。2人とも」



「愚かな者共だ。貴様達には地獄の苦しみを与えねばならぬようだ」



 パラパラと落ちる壁面から、魔王デスタロウズが現れる。その姿は全くの無傷だった。



「……へっ。やっぱアミュレットだけじゃ倒せないか」



 ジェラルド、ロナ、エオル、ブリジット……そして、レウス。仲間達が魔王へと身構える。



「エオルは攻撃魔法に集中しろ。レウスはフォロー頼むぜ。俺とロナ、ブリジットは……魔王との直接戦闘だ。気合い入れろよ」


 ここからは仲間の全て・・・・・を信頼し・・・・、協力して立ち向かわなければ魔王は倒せない。



 ジェラルドは、ガルスソードの鞘に手をかける。その視線の先には魔王。全てを終わらせる戦いが、始まる──。




 ……。




 ただ1つ。


 ジェラルドは全員に・・・嘘を付いていた。



 そのことに、気付いている者は……誰もいなかった。



―――――――――――

 あとがき。


 レウスの裏切りによってアミュレットの光を当てたジェラルド達。しかし、魔王の力は……。

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