王都襲撃編エピローグ

第101話 頼み

 ……兄様……ヴァルガン兄様……。



 意識が戻っていく。でも目の前は暗闇。



 わらわは死んだのか? 妾のような魔の者でも死後の世界があるのか?


 手を伸ばそうとしたら、後ろで繋がれているようで動かせない。なんだこれは……? 妾は……。


 ふと耳を澄ますと、遠くから声が聞こえる。徐々に近づいて来る男達の声。


 2人が何かを話している。



「なぜイリスを助けるなどと。貴方はそんなに甘い人間ではないと思っていたのですが」


「必要だからそうしたまでだ。それよりレウス。お前……魔王軍知将ってことは精神支配使えるだろ?」


「なぜそれを……使えますが」


「イリスに使え」


 2人とも聞き覚えがある声だ。レウスと呼ばれた1人は魔王軍知将シリウス。もう1人は……勇者ロナの仲間……あの眼帯の男か。


 騎士達が慌ただしく走る音が混ざり、急に声が聞き取り辛くなる。


「……ぜ、そのよ……ことを……」


「人……を加え……せな……為だ」


 なんだ? 何を言っている?


 必死に声を聞き取ろうとしていると、扉の音、足音が響く。それが妾の目の前までやって来ると、ガチャガチャと鉄が擦れるような音がした。


 そして突然。顔が引っ張られるような感覚がすると、目の前が眩い光に包まれる。


 ……目隠しをされていたのか?


「う……っ!? なんじゃ!?」


「よぉ、お目覚めか? 光将様よ」


 目の前には眼帯の男……名前は確か、ジェラルドと言ったか……。


 周囲を見回す。そこは牢獄のような場所だった。鉄格子の隙間から夕陽が差し込み、戦いからそれほど時間が経っていないことだけは分かった。


 シリウスも感情の無い顔で妾を見ている。


 頭が追いつかない。妾はなぜ生きている? 妾はボロボロになって……倒れ込んで……。


 そして、その奥には……。


 勇者ロナが憐れみにも似た表情で妾を見ていた。


 その瞬間、理解した。妾はトドメを刺されなかったのだと。


 胸の奥で急激に怒りが渦巻いた。


「ロナぁ!!」


重力魔法グラヴィト


 鎖を引きちぎって飛びかかろうとした瞬間、シリウスが魔法を告げる声がした。それと共に体がズシリと重くなり、地面にへと叩きつけられる。


「あぐっ!」


「暴れるのはやめなさいイリス」


「貴様ぁ!! なんじゃこれは!! 妾に対する侮辱じゃぞ!!」


 ロナを睨み付ける。勇者の娘は戦っていた時と違い、普通の少女のように見えた。それが余計に腹立たしい。


「……師匠に言われたんだ。お前を殺すなって」


 ロナが目を背ける。その視線の先でジェラルドがこちらを見ていた。



「殺せぇ!! こんなことに何の意味がある!! 早く……殺せ……」



 情けなくて胸が引き裂かれそうになる。作戦に失敗した上捕えられるなど……馬鹿だ。妾は。


 シリウスは……「魔王様は妾を捨てた」と言った。もはや妾に捕虜としての価値も無い。なぜこのようなことを……。


「やっぱこのままじゃ話も出来ねぇか。レウス」


 ジェラルドに促され、シリウスレウスが妾の髪を掴む。


「ぐ……っ。シリウス、何を……」


「……貴方に精神支配を教えたのは私だと、言いましたね」


「貴様……まさか」


精神支配ドミニオン・マインド


 シリウスの瞳が怪しく光り、妾の心に何かが入り込んで来る感覚がする。


「あ……ぐぅ……」


「命令を下す。『勇者ロナの仲間、及び人間に敵意を持つことを禁ずる』と」


「な、んじゃと……あ、あ、ぐぅぅううう……っ!!」


 妾の心に命令が刻み込まれていく。怒りが、憎悪が、奪われていく。


「あ、あぁ……やめろ……やめてくれ……」


「まともに会話する為だ。我慢してくれ」


 ジェラルドの言葉と共に、再び妾の意識は暗闇に飲み込まれた。




◇◇◇


 再び目を覚ました時には、ジェラルドとロナしかいなかった。


 ヤツらを目にしても、怒りが湧かない。その代わりに、悲しみが妾を支配した。


「……シリウスは?」


「席を外して貰った。お前と話したかったからな」


「貴様……ジェラルドとか言ったの。妾に何のようじゃ?」


「……その前に少し話をしようぜ」


「……」


 ジェラルドが視線を送ると、壁にもたれかかっていたロナが口を開く。


「イリス。僕のことを『何でも持ってるヤツ』って言ったでしょ?」


「……実際そうじゃろ。お前は勇者。皆から慕われ、魔王様やヴァルガン兄様すらお前を重要視していた」


「それは違う」


「何が違う? 変わらんじゃろ」


「僕は……魔王に体を奪われる為に生まれたんだ。魔王の弱点を無効化する為に」


「何じゃそれは」


「だから僕の本当の種族はイリスやシリウスと同じ魔族。ヴァルガンのことはよく分からないけど……魔王は僕のことなんて道具としか思ってないよ」


「……」


「僕は君のこと少しだけ分かるよ。僕も師匠と出会うまではこの世に1人だって思ってて……ずっと誰かに見て欲しかったから」


「……」


 ロナが俯く。……怒りを強制的に抑えられている理不尽さに納得はいかないが、この状態だと、ヤツの言うことも、分かる。妾にはヴァルガン兄様がいた。例え見てくれなくとも、見て欲しいと願える相手は、いた。


 それすらいないというのはどのような物なのか……。暗闇を延々と彷徨うようなものではないのか?



 ……。


 ジェラルドという男が妾の前にしゃがみ込む。


「イリス。お前が『全てを持っていると思ったロナの姿』……それは幻だ。ロナとお前は似ているぜ。抱えている物も」


 似ている? 妾とロナが……? なんだそれは。


 分からない。分かりたくない。似ているなら尚更悲劇ではないか。ロナは何かを手に入れ、妾は手に入れられぬ。


 この違いは……悲劇だ。


「ロナ、後は……俺とイリスを2人にしてくれ」


「分かったよ、師匠」


 寂しげな表情で出て行くロナ。彼女が出て行くのを確認した後、ジェラルドが口を開いた。


「イリス。お前に頼みがある。その為にお前を生かした」


「妾を利用したいという魂胆か?」


「利用じゃない。『頼み』だ。お前が嫌なら断ってもいい」


「詭弁じゃな。妾は捕らえられている身。拒否権など無いではないか」


「お前は死にたかったんだろ?」


「ちっ」


 なんじゃこの男は……?


 目の前の男は口が上手そうで、妾を騙そうとしているようで……でも、なぜか誠実にも見える気がした。相反する2つの空気を纏っているような、変な男。その男の頼みというのがどんな物なのか気になった。


「……魔王と戦えなどと言われても妾には無理じゃぞ」


 魔王と対峙するなど、想像しただけで恐ろしい。そんなことは妾にはとてもできぬ。


「それは無い。俺が頼みたいのはこれだ」


 ジェラルドが妾の前に何かを置く。それは羊皮紙のような、クルリと巻かれた白い紙だった。


魔法の巻物スクロール? これは……」


「頼む。俺に力を貸してくれ」


「……ロナの為、か?」


「そうだ」


「お前にとってあの娘はなんじゃ?」


「俺が利用し、俺を救ってくれた女……俺はその女が幸せになるなら、どんなこともやる」


 ジェラルドが頭を下げる。


「頼む。協力してくれイリス。お前の力が俺には必要だ」


 破綻しておる。ロナを憎む妾にロナを助ける為の協力を求めるなどと。


 ……。



 だが……。



 「必要」か……妾の力が。



「……なら1つ条件が、ある」



「なんだ?」



「お前とロナの出会い。そこから今までの話を妾に聞かせろ。あの娘がどんな道を歩んだのか、知りたい。その上で貴様に協力するか考えさせろ」


「いいぜ」


 ジェラルドが話し始める。持たざる者「ジェラルド・マクシミリアン」が、持たざる娘と旅をした記憶を。



 ……。



 その日妾は……。



 初めて他人から「必要」と言われた。



―――――――――――

 あとがき。


 次回より最終章「最終決戦編」となります。


 最後までどうぞお楽しみ下さい。

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