第100話 勇者の戦い

 イリスの一撃で吹き飛ばされたロナ、彼女はクルリと回転して大地へと着地し、再び大地を蹴る。その手にはルミノスソード。クリスタルの刀身が太陽の光を反射し輝きを放った。


「イリス!!」


「ロナああああああああ!!」


 長い髪が揺らぐ、瞳孔を細くした光将イリスが勇者ロナへと向かい戦場を駆け抜ける。発動された速度強化魔法により全身がうっすらと光を帯びた。


 ロナがエアスラッシュを放つ。巨大な空気の刃がイリスへと向かう。


「無駄じゃあ!!」


 イリスが攻撃強化魔法「爪昇煌クロウ・アセンド」を発動する。紫の光を帯びる拳。彼女はその手で真空の刃を叩き割る。


「死ねぇ!!」


 イリスの拳がロナを狙う。紙一重で避けたロナが「クロスラッシュ」を放った。その斬撃をイリスが拳で跳ね除けロナの体を蹴り上げる。その威力がロナの体をくの字に曲げた。


「かはっ!?」


「絶対に殺す!! 妾の持たぬ物をひけらかしおってぇええええ!!」


 イリスがロナ腕を掴み大地へと叩き付ける。強化された彼女の力が周囲に轟音を響かせる。


「兄様は妾を見てくれなかった!! お前のせいで!!」


「……ぐっ!?」


 叩き付ける。


「挙句死んだ!! お前のせいで!!」


 叩き付ける。


「名声!! 賞賛!! 仲間!! 貴様は全部持っておる!! 許せぬ許せぬ許せぬ!!!」


 イリスがロナを放り投げ、さらなる攻撃強化魔法を放つ。


「貴様の体引きちぎってぐちゃぐちゃに潰してやる!! なんでなんでなんで貴様だけ!! 兄様も魔王様も貴様だけ見る!! 妾を見てはくれん! なんでお前だけえええええええ!!」


 イリスが飛び上がる。ロナを殺そうとその拳を振り上げる。


「死ねえええええええ!!!」


 イリスが拳を叩きつける瞬間。彼女は気付いてしまう。


「ま、マントじゃと……?」


 ロナがマントを体に巻き付けていることに。マントに符呪エンチャントされた防御魔法がイリスの攻撃を軽減していたことを。



 ロナの顔の瞳が見える。



 赤い瞳が。


 怒りの籠った瞳。


 殺意の籠った瞳が。



「ひ……っ!?」


 イリスの背筋にゾクリと悪寒が走る。一瞬生まれた隙、その隙を勇者ロナは見逃さなかった。


「うるさいんだよ!!」


 イリスの顔面を殴り付けるロナ。彼女はそのままイリスの首を掴むと大地へと投げ付ける。


「ぎっ!? 貴様」


「エアスラッシュ!!」


 落下するイリスに空気の刃が叩き付けられる。


「がぁっ!? 鱗聖盾スケイル・シルド——」


空舞斬くうぶざん!」


 イリスをが発動しようとした防御向上魔法をロナがスキルで消し去る。魔法発動を防がれたイリスに、高速回転したロナの斬撃が直撃する。


「うあ"あああああああああ!!」


 大地へ叩き付けられたイリス。ロナは、彼女のその首を掴み、瞳を覗き込んだ。


「だから船を襲ったのか!? だから王都を襲うのか!? 関係無い人を巻き込むな!」


「黙れ……」


「お前の問題なんて知らない!! 僕は誰かの大事な物を奪おうとするお前が許せない!!」


「黙れえぇっ!!」


 イリスがロナの腕に組み付き、横へと回転する。このままでは腕が捩じ切られると悟ったロナは、その手を話したい身を引いた。


 自由の身となったイリスは、着地と同時に蹴りを放つ。


「クソっ!? まだ動けるのか!」


 蹴りをルミノスソードでいなすロナ。行き着く間も無く、イリスの拳が放たれる。


「貴様の存在は妾に対する侮辱ぶじょくじゃ!! 殺さなければならぬ!! 生かしてはおけぬ!! 他の者など知らん!! 貴様が死ねば妾は!!」


「……っ!?」


 イリスが大振りになった瞬間を狙い、ロナがイリスの肩へ、ルミノスソードを突き刺した。


「ぎゃあああああ!!」


 叫び声を上げるイリス。彼女は、左腕でロナの髪を掴み瞳を覗き込む。



「妾の目を見ろ!!」



 それはイリスが持つ「精神支配魔法ドミニオン・マインド」を放つ為。己より弱い者を支配下に置く為の魔法を。


 しかし。


 ロナは避けるどころか、イリスの胸ぐらを掴んでその瞳を睨み付けた。



「やってみろ」



「な、なんじゃと……ど、どういうつもじゃ!?」


 ロナの両眼。赤く輝く瞳が、怒りを込めてイリスの中を覗き込む。



「自分より弱い者を操る魔法なんだろ? 僕がお前より弱いか試してみろ!!」



 ロナの危機迫る表情にイリスの体が僅かに震える。右腕の傷がズキズキと痛み、彼女は何も考えられなくなっていた。



精神支配魔法ドミニオン・マインド!!」



 イリスの瞳に魔法の光が帯びる。それが、ロナの瞳へと映っていく。


「うぐ……っ!?」


「ば、バカなヤツじゃ。妾の魔法に自らハマりおって」



 うつむき、呻き声を上げるロナ。



  しかし、ロナは被りを振ってイリスへと頭突きを放った。


「がっ!?」


 ギロリと睨み付けるロナの瞳。それは彼女本来の赤い瞳をしていた。



 精神支配は己より弱き者を操る魔法。


 それをロナが破ったという意味は……。



「はぁ……はぁ……分かったろ。お前の精神支配は効かない。」


「う、嘘じゃ……そんなはずはない!」


「この前の僕だと思うなよ!!」


 ロナがイリスを投げ飛ばす。イリスは魔道列車へ激突し、列車全体を揺らした。



「あぐ……嘘じゃ……嘘じゃ……そんなはず……」



 イリスから呻き声のような言葉が漏れる。



 王都攻撃の情報が出てからの数日間。ロナは己の限界まで力を引き上げた。弱いモンスターしかいないこの地域でそれを行うことが如何に困難であったのか。イリスには知る由もなかった。


 膝をつくイリスへと向け、ロナはルミノスソードを向ける。


「お前の最大攻撃で来い」



「ぐ……ふざけおってぇ……っ!!」



 ヨロヨロと立ち上がるイリス。彼女の全身から魔力が溢れ出し渦を作っていく。



「全能力上昇竜魔ドラゴン光焔スペルグリム



 全身に眩いまでの光を纏いながら、光将イリスが構える。その視線の先には勇者ロナ。イリスの欲しい物を全て持っている娘。そんな彼女への憎悪を燃やし、イリスは大地を蹴った。


「うおおおおおおおおおお!!!」


 強化魔法により光速と見まごうほどの速度で突撃するイリス。魔王軍光将へと向け、勇者は技を放った。



連環煌舞れんかんこうぶ!!」



 幾重にも重なる連続斬撃。それがイリスを襲う。



「一度破られた技を!!」



 襲い来る斬撃をイリスが拳で叩き割っていく。一度破ったことで、軌道までも感覚で捉えることができる。彼女はロナへと届くことを確信した。



「やはり効かぬ!! 妾に殺されろ!!」



 光将がロナへ手を伸ばした刹那。



 イリスの頬に一筋の傷が付く。



「え?」



 次の瞬間。その全身に無数の傷が広がる。



「がはっ!?  ば、バカな……っ!?」



 突然の痛みに膝をつくイリス。彼女へと近付いてたロナは冷たい声で言い放った。



「今の連環煌舞れんかんこうぶに風の刃を混じらせた」


「な、にを……」


「エアスラッシュの応用。通常の斬撃だけに対処したお前は風の刃に気付かなかったようだけどね」


 イリスにはこの傷に覚えがあった。それは、ロナと船上で相打ちになった時の傷。届いていないと思った刃が届いていた時の……。


「あ、あの時と……同じこと、を……」


「そうだよ。あの時の傷……その理由を考えなかったお前の負けだ」


「そんな……そんな……嘘じゃ……」


 光将イリスが大地へと倒れ込む。力無く天を見上げる姿。ボロボロになり指一本動かせなくなった彼女。そこに、初めて出会った時の不敵な面影は無くなっていた。


「嘘じゃない」


「ま、まだじゃ……まだ、部下達が、魔導騎士達が……」


 ロナが辺りを見回す。そこにはジェラルド達によって沈黙した魔導騎士達。エオルによって燃やし尽くされた魔族達の装備だけが残されていた。


 そして……生き残り達がエメラルダス兵に倒されていく様子が映る。



「終わったよ。僕の仲間達が、勝ったんだ」


「は、はは……道化じゃ、妾は……」


 ボロボロで、焦点の合わない瞳でイリスが空を見上げる。雲の切れ目から青空が覗く穏やかな空。それが、イリスの心に深い悲しみを抱かせた。


「わ、妾は何の為に……」


 涙を流しながら、意識を失っていくイリス。その姿にロナは目を背ける。



「ヴァ……ンに……さ、ま。わら……はがんばったんだよ? ほめ……て」



「知らないよ……そんなの……」



 ロナはルミノスソードを握りしめた。





 ……。




 その1時間後。魔王軍の残党は倒され、魔導列車ホーム防衛戦はロナ達の勝利で幕を閉じた。


 しかし、その最中に攻撃を開始した魔王軍本体とエメラルダス軍の戦闘は開始されたばかり。


 戦況は、魔王軍有利のまま進行していた。



―――――――――――

 あとがき。



 王都襲撃編完結です。勝利したジェラルド達。しかし、エメラルダスを巻き込んだ戦闘は続く。



 エピローグ1話を挟みまして最終章に入ります。 ジェラルド達は魔王城へと突入し、魔王討伐を目指します。ご期待下さい。

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