第93話 思惑

 時はさかのぼり、エオルがまだ魔法学院を訪れていた頃。


 ——魔王城。魔王の間。


 青白い炎が灯され、暗闇の中に魔王が現れる。その視線の先には魔王軍知将シリウス、そして光将イリスがひざまずいていた。


「シリウス。各地の制圧状況を報告せよ」


「大小合わせ20の街は既に制圧済み。現在8箇所へ進行中です」


 状況を報告するシリウス。彼が話終わるタイミングを見計らったように光将イリスが声を上げた。


「魔王様。密偵の情報によると、エメラルダスからサザンファムへ使者・・が送られたようなのじゃ」


 魔王デスタロウズがイリスへと目を向ける。


「その情報、間違いは無いか?」


「光将の名に誓って」


「ヤツら同盟を結ぶ魂胆か……イリス」


「はいなのじゃ」


「魔族および魔道騎士を集め部隊の編成をせよ。魔道騎士の操作には分析官のネイドルを連れて行け」


「承知しましたのじゃ」


「我が軍本隊も送り込む。イリスの部隊は別働隊とする」



 「別働隊」と聞いた光将イリスが、得意気な顔でシリウスを見る。



 その姿を見たシリウスはため息を吐いた。



 子供の承認欲求に付き合う気は無いのだが……。



 しかし、魔王は本格的な進行を開始するつもりか。同盟を脅威に見てなのか、それともただのたわむれなのか……私には計りかねるな。


「シリウス。エメラルダスへ最も近い転移先は?」


移動魔法ブリンクで移動できるのはギギン地方です」


「なるほど。イリスの部隊は魔道列車を奪い、先行して王都へ突入せよ。先陣を切らせる意味……分かっているな?」


「はっ。必ずや魔王様へ勝利を」



 頭を下げると、イリスは魔王の間を後にした。



 それを見送った後、魔王がシリウスへと顔を向ける。


「時にシリウス。器の方はどうか?」


 来たか。


「はい。魔王様の器……勇者ロナとその仲間は現在エメラルダスにおります。今回の襲撃と合わせて魔王城へと誘い出せるかと」


「ふむ。それで? 奴らの能力はどうか?」


「勇者ロナはイリスと同格。魔導士の女は火炎魔法特化型、魔導騎士の試作品はクラーケン並みの力を持っております」


「ヴァルガンを倒したという眼帯の男は?」


「大した力量も無い男かと。ヴァルガンやザヴィガルを倒したのは勇者ロナ達の力が大きいと思われます」



「以前は男の力を随分評価していたようだが?」



「……密かに分析魔法アナライズを奴らへとかけました。報告書を見て頂ければ全て分かるかと」


 魔王が指を鳴らすと、何もない空間から書面が現れる。魔王はそれをパラパラとめくった。


「……どの能力も低い。スキルも使えぬ。これでは一般兵の方がマシだな」


「はい。気にされるほどでも無いかと」


「……分かった。貴様の案を採用しよう。攻撃に乗じて奴らを我の元へ誘い出すが良い」


「イリスとぶつかっても?」



「かまわぬ。どうせ後任の幹部達が仕上がるまでの捨て駒だ。本部隊での正攻法でエメラルダスは落とせるだろう」


 イリスは捨て駒……か。



「承知しました」


 シリウスが頭を下げ、魔王へと背を向ける。



 これでいい。


 私が動く口実もできた。後は奴らと共に魔王の元へ向かうだけ。ジェラルドの能力は数値では理解できない。魔王戦の切り札となるのはヤツだろう。



 ……。



 魔王よ。お前の運命も後わずかだ。


 己の本心を胸に秘め、シリウスが立ち上がる。彼の目的を果たす為に。


 シリウスが出て行くと、魔王の間には扉の音だけがこだました。







 ……。








 部屋の中を灯していた炎が消える。



 暗闇に包まれた部屋には魔王が1人。



武装召喚ヴォイド・ウェポン



 その手が召喚された武器を掴む。燃え盛る炎の剣「魔剣フレイブランド」。



 魔王デスタロウズがこの世界に来る以前に使用していた愛剣。彼がまだ人だった頃の名残。それを模倣して作った剣。



 その刀身から燃え上がる炎が再び部屋を明るく照らす。



「勇者……か。くだらん肩書きだ」



 暗闇の中、魔王デスタロウズは冷たい口調で呟いた。





◇◇◇



 魔王の間を出たシリウス。エメラルダスへ向かう準備をしていると、イリスが彼に声をかけた。


「魔王様と何の話をしておったのじゃ?」


「別に何も。他地域の制圧について話していただけですが?」


「怪しいの〜」


 少女はシリウスに近づくとその胸ぐらをい掴んだ。



「良いか。エメラルダス襲撃について貴様は手を出すなよ? 魔王様の命を受けたのは妾じゃからな!」



 ……哀れな娘だ。捨て駒にされるとも知らずに。


「そこまでして認められたいのですか?」


「は? 何をじゃ」


「貴方が認められたいと願っていたヴァルガンはもう死んだ。その望みは2度と叶えられませんよ」


 その言葉を口にした瞬間。


 イリスは瞳孔を細くする。怒りの表情と共にシリウスを殴りつけた。


「分かった風なことを言うでない! 妾は兄様が死んだことで出世した!! 妾は嬉しいのじゃ! そんな哀れみの顔で見ることは許さん!!」


 ……欺瞞ぎまんだな。その顔が全てを物語っている。


「それなら結構。私はもう行きますので」


「貴様もそのうち妾にひれ伏すようにしてやるからの」


「……貴方に魔法を教えたのは私ですが? それを仇で返すと?」


精神支配・・・・か? あの程度の魔法で偉そうに。身体強化魔法を使えるようになった今、あんなものいらぬわ」


 光将に取り立てられるまで散々精神支配魔法に頼っておきながらよく言う。



 まぁいい。どうせここまでの娘だ。勇者との戦いで死ぬ……それがこの娘の運命。



「貴方の元で働けること、楽しみにしておりますよ」



「待てシリウス! まだ話は終わっておらんぞ!」



 後ろで何かを叫ぶイリスを無視し、シリウスは魔王城を後にした。



―――――――――――

 あとがき。


 次回より新章「王都襲撃編」です。襲撃が知らされたジェラルド達はどのような行動に移るのか? お楽しみに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る