第91話 天才という幻想
ざわめく生徒達。ある者は驚愕し、ある者は賞賛し、またある者は言葉を失う。様々な反応の中、エオルの幼馴染、リノアスは彼女へと駆け寄った。
「エオルぅ!!」
抱き付くリノアス。彼女は幼馴染の肩を涙で濡らした。
「う、うぅ……良かったぁ……良かったぁぁ……」
「ちょっとリノアス!?」
咄嗟に離れようとしたエオルだったが、リノアスの顔を見ると、恥ずかしそうに頰を
「心配しすぎよ。私は勇者パーティの一員なんだから」
「だって……ひぐっ……エオルが魔法使えなくなったらって思ったら……心配で……」
泣きじゃくるリノアスの背中を、エオルは優しくさする。
「ありがとね。リノアス」
「認めない……っ! こんなの! 私の知ってる魔法じゃ……っ!」
悔しそうに地面を叩くメリッサ。そんな彼女へと語りかけるようにサラディン教諭は口を開いた。
「いいや。エオル君の魔法は紛れもなく我らの使うものと同じ。先人が作り出した原初の魔法組成を理解したからこそ……できたことだ」
「なんですかそれ……私には才能が無いってことですか!? 私も凡人だったってこと!?」
「……」
エオルが、メリッサへとゆっくりと歩み寄る。
「メリッサ」
「……何よその顔。私に対する優越感? それとも大した力もないのに生徒達を追い込んだ私を、軽蔑してるの?」
「……いえ、貴方の力はすごいわ」
「馬鹿にしないで!!」
「違うわ。聞いてメリッサ。貴方は紛れもなくすごい力を持ってる」
エオルがしゃがみ込む。メリッサと視線を合わせるように。
「私はね。初期魔法しか使えない。それも炎の魔法しか……だからね。それを受け入れて、仲間を守る為にはどうしたらいいのか考えただけ。それだけ」
「……」
「メリッサ。魔法は好き?」
「……好きに決まってるじゃない」
「なぜ?」
「なぜって……」
答えを出せないメリッサに対し、エオルは優しく微笑みかけた。
「貴方がね、軽蔑していたみんなも一緒。魔法が大好き。でも、貴方のようになぜ好きなのか辿り着けていないだけ。そこに違いは無い」
「……何を言っているのか、分からない」
「分からなくていい。私の考えだから」
そういうと、エオルは生徒達の方へと向かって叫んだ。
「みんな聞いて! 決闘は私が勝った! メリッサはもう誰かを退学に追い込んだりするようなことはしないわ! だから、決してメリッサを責めないで!!」
静まり返る生徒達。その眼は、エオルに言葉を求めているように見えた。それを感じたエオルが言葉を続ける。
「能力は不平等よ! 私は火炎魔法しか使えない。どれだけ嘆いた所でそれが事実なの! だけど……」
エオルは、自分の胸に手を置いた。それは、自分の心からの言葉を彼らへ伝える為に。今一度、自分の言葉を整理する為に。
「そこからしかできないことがある! 誰かと比べる必要なんて無い!」
エオルは思い返していた。
ジェラルドに敗北し、己の力を痛感させられた悔しさ。
リノアスに思い出させてもらった……魔法が好きだという気持ち。
己の力に絶望してなお、ジェラルドを、ロナを、ブリジットを……仲間を守る為に必死に自分と向き合ったことを。
「だからみんな! どうか……魔法を好きでいて! 魔法学院にいるみんなが、魔法が好きなのだと……それだけは知って!」
生徒達は、彼女の中には彼女の言葉を理解できる者もいれば、そうでない者もいた。だが、皆真剣に彼女の言葉へと耳を傾けた。それは彼女の言葉が真実だと感じたから。
目の前のエオル・ルラールの力。火炎魔法の特性、魔法の組成……全てを見せたからこそ、生徒達は言葉を聞いた。
「
エオルは叫ぶ。それは、彼女がリノアスを、他の生徒達を尊敬していたことに他ならなかった。自分にはできぬことをやってみせる者。エオルにとってそれは尊敬以外の何者でもなかった。
「私が言いたいのは……それだけよ」
生徒達が沈黙する。それがエオルを不安にさせた。自分は何か偉そうなことを言ってしまったと。今まで尊大な態度で誤魔化していた本心と、旅の中で得た気付きを込めた彼女自身の言葉。それは彼女の全てを曝け出したことに他ならないから。
しかし。
「すごかった」
誰かがポツリと呟いた。それがパチパチという拍手を起こし、やがてそれが大きくなっていく。
徐々に。
徐々に大きく。
やがてそれは、拍手と賞賛の渦を巻き起こした。
「みんな……」
「エオル……ありがとう」
リノアスが涙ぐむ。
それを見たエオルは、優しく微笑んだ。
―――――――――――
あとがき。
この後本章のエピローグを挟み、新章に入ります。
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