第90話 天才 対 天才
翌日。
——ハーレの
2人の女魔導士の姿がそこにはあった。
「これより王都魔法学院のしきたりに則り、決闘を行う。立ち会い人はこの私、サラディン・ゼルムントが務めさせて頂く……と言ってもこの人の量だ。そんな物は必要無いが」
サラディンが振り返った先……そこには無数の人影があった。
サラディンの呼びかけを待たずとも、天才魔導士メリッサ・バーレインと帰還したエオル・ルラールの決闘。それはあっという間に魔導学院に広まったのだ。
ジェラルドと闘った時、誰もいなかった湖周辺は、魔法学院中の生徒、教師達によって埋め尽くされている。その中には、リノアスの姿もあった。
その様子を見たエオルが声を上げる。
「教諭。決闘前に私に発言の機会を下さい」
「発言? メリッサ君も良いかね?」
「かまいません」
メリッサの意思を確認した教諭がゆっくりと頷く。
エオルは、集まった生徒達を見渡す。そして、リノアスを見つけると、彼女に語りかけるように声を上げた。
「今から私、エオル・ルラールの
「正体……? 一体何を言っているのですか……?」
メリッサが困惑したような顔を浮かべる。それを無視するようにエオルが
「初級魔法なんかあげてどうするつもりだ?」
「何かのパフォーマンス?」
口々に生徒達の声が上がる。
「聞いて! エオル・ルラールは初期魔法の
突如のエオルの宣言にどよめきが巻き起こる。
「ど、どういうことだねエオル君!?」
「教諭。今伝えた通り。私はこの魔法しか使えません。どれほど知識を得ようとも……です」
「なら、なぜこんな決闘を!?」
「だからこそ、この決闘を見せたいのです。皆に」
真っ直ぐ教諭を見つめるエオルの瞳。その確固たる意思に、サラディンはたじろいだ。
再びエオルが皆に……その中にいる
「皆はこの決闘の結末を見届けて! 私か! メリッサか! どちらが勝利するのかを!!」
湖に聞こえるざわめきの中、メリッサへと向き直るエオル。メリッサは残念そうにため息を吐いた。
「今のは何? 手加減のつもり?」
「いいえ。私は本当に2つしか使えないわ」
「……やはり程度の低い魔導士だったのですね。残念」
エオルがほんの少し
「メリッサ。私は今から貴方に一生付き
「……頭までおかしくなったのですか?」
「大丈夫よ。すぐに分かるから」
2人が会話を交わした後、サラディン教諭が合図を出す。それに合わせてメリッサとエオルが同時に後ろへと飛び退いた。
「
エオルが6つの火球を放つ。彼女から放たれた火球は空中に円を描くように拡がると
「……は? 何その動きは?」
「私の
「嘘を言わないでくれる? フレイムは直線上に火球を放つ魔法。そのようなことはできるわけがない」
「それは貴方にとってでしょ? 私は違うわ」
「……まあいいです。所詮初期魔法。全て洗い流してあげる」
メリッサが水系最終魔法「
彼女の頭上に巨大な水のうねりが出現し、エオルへと襲いかかる──。
「無駄よ!」
エオルが右手を突き出すと、空中の火球がエオルの前へと集まる。全ての火球が溶け合い、眩いまでの光を放つ。そのまま形状を変え、
エオルを飲み込もうとした水流は。その熱によって一瞬の内に
「な!? どういうこと!?」
「火炎魔法を集結・圧縮し盾状に形成した魔法……圧縮された炎は何者をも通さない鉄壁の盾となる。私は
「そんなはずがない……初期魔法の寄せ集めでそんな芸当が出来るわけがない!」
声を荒げるメリッサ。そんな彼女にエオルはニヤリと笑みを浮かべて見せた。
「そう。ただの
「ふざけないで!!」
メリッサが杖から膨大な魔力を放つ。それが大気を振動させ、電撃のエネルギーを結集させる。
「
メリッサの杖から発生した電撃がエオルの周囲へと降り注ぐ。
「あっぶない!」
エオルが走る。それを追うようにメリッサが電撃を放っていく。メリッサは明らかに怒りを抱いていた。それは彼女の知る魔法が侮辱されたと感じたから。エオルの言う「応用」が彼女には理解できないから。それを彼女は魔法にとっての侮辱……不正だと捉えた。
「逃げてないで戦え……!」
「これも作戦なの!」
エオルがそういった直後、目の前を電撃がほと走る。
「うわっ!?」
「
「くうぅ!?」
猛烈な風にエオルが吹き飛ばされる。彼女が大地へと到達するのを見計らったように、メリッサが
「ぐ……!?」
クリスタルがエオルの全身に傷をつける。致命傷は避けたものの、彼女のローブは全身ボロボロになる。頬を伝う血。メリッサの持つ膨大な魔力……それをエオルは実感した。
「ほら。力量は誰が見ても明らか。諦めるべき」
「……分かってないわね。アンタの力を見極めていただけよ」
「まだそんな軽口を言えるのね」
確かにメリッサの魔力は強い。だけど……。
「
走りながらエオルが3つの火球を放ち、メリッサへと向かい駆け出した。
「そんな初期魔法なんて!」
メリッサが
メリッサの魔法はその全てが教科書通りの動き。威力を最大限に生かすための動きよ。だからこちらのペースに持ち込めば……。
走りながらさらに空中へと火球を放つ。エオルの火球はフワフワと空中を漂い、彼女達の戦いを見つめるように静止した。1つ。2つ。3つ……空中に浮かぶ火球は徐々にその数を増やしていた。
「喰らいなさい!」
エオルが意識に呼応するように複数の火球がメリッサを襲う。回避しようと飛び退いたメリッサへと、火球達は引き寄せられるように向かっていく。
「
だけど。
メリッサの周囲に魔法障壁が展開され、直撃した火球達が弾け飛び、彼女の周囲が炎で覆われる。メリッサはすかさず流水魔法を放ち、炎を無力化した。
「その程度の威力じゃ私には……」
視界が戻ったと同時にメリッサはある違和感を感じた。
「風……?」
先ほどまでなかったはずの風が周囲に吹き荒れているのだ。それもかなりの熱風。見失ったエオルを追うと、メリッサの目の前に魔力渦巻く炎の竜巻が発生していることに気がついた。
エオルが放っていた烈火
「
周囲を焼き尽くしながら、炎の竜巻がメリッサへと向かう——。
「くっ……また見たことのない魔法を……!?」
戸惑いながらも
「な、なんなのですかこの威力は……!?」
「メリッサ! 貴方は魔法のことなんて少しも理解できていないわ!」
「黙れぇ!!」
怒りを抱いたメリッサ。その全身に電撃が
「
眩いばかりの電撃が放たれる。周囲にエネルギーを放出しながら放たれる電撃。モンスターすら跡形もなく吹き飛ばす一撃。しかし、エオルは臆することなく、杖を高らかに挙げた。
「
直後。
彼女の頭上に巻き起こっていた雷雲から雷が落ちる。魔力が蓄積された雲の摩擦。それによって発生した雷は、メリッサの電光魔法を飲み込み、大地へと直撃する。その威力により大地が吹き飛んだ。
「なんだよあれ……」
「エオルの使う魔法は初期魔法なんじゃないの?」
「雷まで……?」
巻き起こるざわめき。エオルの力に驚愕する声。それをメリッサを
彼女の中で怒りの感情が巻き起こる。
「ふざけるなぁ!! そんなものは魔法でもなんでもない!! そんな曲芸……!! 絶対に認めない!!!」
「……貴方にはそう見えるのね。なら、貴方も火炎最終魔法で来なさい。どちらの炎が上か。どちらの魔法が上か……それで終わりにしましょう」
エオルの言葉に、哀れみを抱いたその表情に、メリッサに怒りが頂点に達する。彼女は杖を掲げ、最大限の出力を持って火炎最終魔法の名を告げた。
「
上空に現れる小さな太陽。眩く輝きを放ち、全てを焼き尽くす最強の炎魔法……それを作り出したメリッサはエオルへと叫んだ。
「最終魔法は私の才能の……努力の結晶!! お前如きに破ることはできない!!!」
「そう……ならアンタに叩き付けてあげるわ。現実を」
エオルが杖を掲げる。彼女が目を閉じると、空中を浮いていた火球たちが中央へと集まっていく。火球が溶け合い、輝きを増していく。やがて、その光はメリッサの煬炎魔法と同等の輝きを放った。
「な、何……?」
「
「ふざけるなあああああああああああああああああ!!」
「終わりよ」
怒りのままにメリッサが煬炎魔法を放つ。エオルがそれを煬炎魔法で迎え撃つ。2つの太陽がぶつかり、その光が一層
「う……!?」
その眩さでメリッサが手をかざす。
光。
眩い光。
そして……熱。
それを感じながら、次に魔法を捉えた時。そこにあったのは……。
1つの太陽だった。
2つの煬炎魔法が消滅することなく、1つに融合した姿だった。
メリッサの頭は混乱した。爆発を起こすこともなく、周囲を燃やし尽くすこともなく、1つだけ魔法が消えたことに。
「決着はついたわ。メリッサ。負けを認めなさい」
「何を言っている! 私の煬炎魔法はそこに──」
「無いわ。そこにあるのは私の魔法」
杖を捨てたエオル。彼女が両手をかざすと、太陽から不死鳥が生まれる。
魔力の形状をかえ、不死鳥を再現するエオル。
不死鳥が空を舞う。
空を気持ちよさそうに、まるで生きているかのように飛び回る不死鳥は、エオルの勝利を告げているようであった。
「う、うそ……な、んで……」
「貴方の煬炎魔法を形成する魔力の膜。それと私の魔法を解けあわせ、吸収させた。私の煬炎魔法に」
「吸、収……? そんな……」
メリッサが膝をつく。それを見つめるエオル。
2人を見た者達が息を呑む。そして認める。エオルという存在を。
初期魔法しか使えぬという特性を受け入れ、その特性を活かす為旅に出た魔導士。エオル・ルラール。
命を賭けた戦いが彼女を成長させた。仲間を守る為に、彼女は必死に試行錯誤した。
だからこそ彼女は理解した。魔法組成の仕組みを。
だからこそ到達した。最終魔法への高みへと。
その日。魔導士エオル・ルラールは、己の力を証明した。
―――――――――――
あとがき。
次回、勝利したエオルは皆にある言葉を伝えます。
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