第89話 変わらないもの
エオルとメリッサの決闘は翌日の正午となった。場所はエオルがジェラルドと戦ったハーレの
「決闘だって……っ!?」
報告を聞いたサラディン教諭が、驚きを隠せないように声を上げる。
「良いのかね? 魔道士による決闘の意味は勇者パーティに入る時のそれとは違う……それを分かっているのか?」
魔法学院における魔道士の決闘。それは創立当初からある儀式の1つ。力で全てを解決するという行為が忌避され、近年は試験以外では行われなくなっていたが。
「そこで交わされた条件は
「分かっています。だからこそメリッサに約束を守らせることができますから」
教諭が
「メリッサは4元素全ての魔法を最終まで使いこなすことができる……勝つ自信はあるのかね?」
「教諭。私は負けませんよ。絶対に」
「し、しかし……万が一があれば」
「教諭が心配することではありませんよ」
それだけ言うと、エオルが背を向ける。
「あ」
扉に手をかけたエオルが、何かを思い出したように振り向いた。
「できる限りのギャラリーを集めてくれませんか?」
彼女は不敵な笑みを浮かべる。絶対の自信を見せるように。しかし、教諭は感じとった。彼女の中に何かの「覚悟」があることを。
◇◇◇
その日の夕方。
リノアスがエオルの自室を訪ねると、そこに彼女の姿はなかった。
学院中を探し回り、やっとエオルを見つけたのは学院の裏手。今は廃棄された噴水広場だった。
「エオル? そんな所で何やってるの?」
エオルは、噴水中央の朽ちたモニュメントの上にいた。普通ならバランスを崩すような細い足場。そこに彼女は立っていた。目を閉じ、
「船に乗った時からね、バランス感覚の訓練は欠かさないの」
「どうして?」
「それが魔力コントロールに有効だと分かったからよ」
エオルがその手にいくつもの
「え……なに、それ……そんな動き見たことない」
「魔力を糸状に形成して火球と繋げているの。こうすることで自分の意思の通りに火球を操ることができるわ」
「そんなこと良く思い付いたね」
「前にね、ファントムトーカーっていう性悪幽霊と戦ったことがあるの。そいつは
リノアスがその目を大きく見開く。
「すごい……よくそんなこと……」
悲しみを抱いたリノアスの声。エオルはゆっくりと目を開き、彼女を見つめた。
「気にしてるの? メリッサに言われたこと」
「それもあるけど、やっぱりエオルは私なんかと違うなって……すごい発想があって、それを実現できる力があって……私なんか……って思っちゃって……」
「……聞いたでしょ。私は天才の証明が欲しいの。みんなに認められたい。その為に魔法を使ってる」
「うん……」
「幻滅した?」
「してないけど……ちょっとだけ、ショックだった」
その答えを聞いてエオルが微笑む。
「そうよね。そう思って当然よ。魔法を利用しているみたいに聞こえるものね。けど……」
少しの間を開けて、エオルが再び話し出す。自分の内面を
「この
リノアスが混乱する。彼女にはエオルの言っている意味が分からないから。彼女には眩しいエオルしか見えていないから。
「自分から目を背けて、嘘を吐いて、
夕日に照らされたエオルの顔。それは、悲しげなような、微笑みを浮かべたような、不思議な表情をしていた。
「でも、今は大好きよ。この魔法は何度も私を、仲間を助けてくれた。だから、みんなに好きになって貰いたい。その為に私は証明したいの。私は天才だって」
「え、エオルが何を言ってるのか、わからないよ……」
「……そうね。私を
エオルが杖を高らかに
空を舞っていた火炎魔法が放たれた火球へと集まっていく。
「覚えてる? 子供の頃、初めて見せた魔法のこと」
「……うん」
「あの時、リノアスは目を輝かせて私の魔法を見てくれた。だから私は……そんな風に、好きになって貰いたいのかもね。みんなに」
火球を包む魔力の
「すごい……」
「魔力を形成すればこんなこともできるわ。……形はただのハッタリだけどね」
彼女の頭上に、
それは昔、リノアスが本で見たことのある不死鳥——フェニックスのようであった。
「リノアス。私は明日、自分の全てを
リノアスはただコクコクと頷いた。空を舞う不死鳥に見惚れてしまったが故に。胸の奥に訪れる感動。それは、子供の頃初めてエオルの火を見た時と同じ感動。
嬉しそうに自分に魔法を見せてくれた親友、エオル。
エオルはあの日から何も変わっていないと……そう、リノアスは感じた。
―――――――――――
あとがき。
次回。エオルとメリッサの決闘回です。
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