第85話 器

 現代。


 ——ゲイル族の隠れ里。



「これが、私の知っているドロシーの全て……です」


 シリウスが再び目を開く。その顔は愁いを帯びていた。


「ひどい……」


 ロナがうつむく。


「ドロシーは……死ぬことも出来ず、未だ魔王の中に囚われている。私の願いは……彼女の魂を救いたい。ただ、それだけです」


 黙っていたジェラルドがレウスに鋭い視線を送る。


「なぜ魔王は血眼になって消えたロナを探さなかった? もっと必死になってもよかっただろ?」


「アミュレット無効化については、複数の計画が進行していたのです。魔王にとってドロシー達の存在は必須ではなかった。それだけのことです」


 ……一応、筋は通っているか。ザヴィガルにアミュレットを狙わせたのもその一つって訳かよ。


「ねぇレウス? アンタこれからどうするの? 魔王を倒すにしたって策はあるの?」


「そうであります。魔王に気づかれればマズイであります」


「貴方達の力を成長させる必要がありました。私だけでは魔王は倒すことはできませんから……だからこそ、倒せることを信じてヴァルガンを差し向けた。フィリアの策謀を知らせた。ザヴィガルとの戦闘で傷ついたジェラルドさんを……助けた」


 レウスが再び仮面をつける。無表情な仮面が大地を見つめる。


「もう一度お願いします。私を信用できぬなら今この場で殺して貰ってもいい。ですが……魔王を、いや、ドロシーの魂を必ず助けて欲しいのです」


 頭を下げるレウス。その姿にジェラルドは腕を組んだ。



 俺達と魔王軍の戦い……全て裏で手を回していたのはレウスだったって訳か。特にフィリアの時。使い魔をオレ達に差し向けるなんて明らかに魔王軍にとって不利な動きを取っていた。



 嘘を言っているようには思えねぇ。俺の原作知識の空白を埋めるような……裏設定と言っても良い情報だ。


 どうする? このままパーティに迎え入れるか? だが、もしレウスが俺たちを騙そうとしているなら、危険すぎる。



 ……。



 唸ってても仕方ねぇ、か。



 レウスは俺達を騙している。そのつもりで俺達もコイツを利用する……これが最善手だ。



「お前ら。レウスの処遇についてはオレが決めてもいいか?」


 ロナ達が頷く。彼女たちも決めかねているようだった。目の前にいる悲しみを抱いた男。彼は敵でありながら、その主に反旗をひるがえそうとしている。そうでなければ、彼の今までの行動はあまりにも不可解だった。


 持っている全ての情報を胸に抱き、ジェラルドが口を開く。



「レウス。お前に頼まれなくても俺達は魔王を討つぜ」



「はい」


「だが……俺はお前の力も必要だと思う。共に戦う前に1つ条件を出してもいいか?」



「私は何を?」



「光将イリス。ロナに撃退されたヤツが何かを起こす可能性がある。それを探って欲しい」



 ロナの話を聞く限り、イリスは原作通りの性格……なら、絶対に魔王城で勇者を待ち構える……なんてことはない。ヤツは執念深いからな。きっと何か事を起こすはずだ。


「僕もそう思う。フィリアの時みたいなことが起きたら……」


「……分かりました。私は魔王城へ戻りましょう。動向が分かれば使い魔で連絡を」


「ああ。頼んだぜ」




◇◇◇



 残りたいというレウスを残し、ジェラルド達は里を後にした。



 半日かけて谷沿いを進み、谷の終わりが見えた頃、ロナが急に立ち止まる。


「僕……ドロシーと一緒にいたのに、あの人のこと、何も覚えてなかった……」


 俯くロナの頭の上に、ジェラルドがポンと手を乗せた。


「誰だってそうだ。ガキの頃出会ったヤツのことなんか覚えてねぇよ」


「……うん」


「自分を責めるんじゃねぇぞ。ドロシーはお前を逃した。なら、それはドロシーの意思だ。お前が気にすることじゃねぇ」



 失った物は取り戻せねぇ。取り戻せると思ってしまえば、出口の無い暗闇に囚われちまう。残酷だが、この世の真理だ。


 ジェラルドがその眼帯に触れる。



「お前がしてやれることはない。だからよ……」

 


「僕ができることは魔王を倒すことだけ……だよね?」



「違うだろ」



「え?」



「魔王を倒してよ、お前がその分生きてくんだろ?」



「……うん!」


 ロナが潤んだ瞳を拭う。それは彼女の新たな決意。己のルーツを知った上でなお、前へ進もうと受け入れた証であった。
























◇◇◇


 ジェラルドがゲイル族の里を立ち去って1時間ほど過ぎた頃。


 レウスはドロシーの家の前に立ち尽くしていた。もう一度禁呪を発動し、ドロシーの姿を見る為に。



「ドロシー」



 彼がドロシーの頬に触れようと手を伸ばす。しかし記憶の名残には触れることはできず、すり抜けてしまう。


 やがて禁呪は力を失い、ドロシーが消えていく。うっすらと色を失っていく。彼女は既にこの世界で生きてはいないことを告げるように。


 レウスが一点を見つめる。生前のドロシーが現れていた場所。父を、母を殺され、魔王に捕えられた彼女がいた場所。そこをレウスは無言で見つめ続けた。


 鳥の鳴き声が聞こえる。何も知らないものであったならば、安らぎすら抱くであろう里の中心。そこで魔の者であるレウスは祈りを捧げるように目を閉じた。



「……」



 信頼を得る為には秘密を打ち明けるのが最も有効だな。それが、真実であれば尚更なおさら……か。



 ジェラルドは私を疑っていたようだが、模造品ロナが納得すれば従うだろう。



 計画通りだ。あの模造品と出会ってから変更はあったが……全ては計画、通り。



 顔を覆うレウス。彼はそのまま天を仰いだ。



 ドロシー。私を許してくれ。




 君の願いを踏みにじってしまう。




 だが、それでも私は……。





―――――――――――

 あとがき。



 それぞれの思いを胸に戦いは続く。



 この後エピローグを1話挟みまして新章に入ります。

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