第84話 最愛

 ドロシーと模造品が過ごす最後の夜。


 執務室で雑務をこなしていると、1人の尖兵が慌ててドアを開いた。


「シリウス様!!」


「どうした?」


「ゲイル族の女が器を連れて……に、逃げ出しました!!」



 逃げた? ドロシーが?



 頭の中が真っ白になる。



 明日になれば君は自由になるんだぞ。苦しみの日々が終わるというのに……。



「警備に当たっていた者は!?」



「交代の者が向かった時には既に……殺された兵士の装備だけが残されていました」


 ドロシー。ゲイル族の力を使ったのか……5年間も従っていたのに……なぜ今さら!?



 頭の隅に泣いている子供の姿が浮かんだ。



 ……模造品か。あの子供を助けるために。



 うるさいほど鼓動が鳴り響く。マズイ。もし魔王様に知られるようなことがあれば……ドロシーが殺される。


 ドロシーが……。


 ……。


「この件は内密にしろ。あの女は私が連れ戻す」


「で、ですが!」


 戸惑う尖兵の胸ぐらを掴む。


「この件が魔王様に知れたらどうなる? 警備についていた貴様達全員殺されるぞ」


「そんな……っ!?」


「捜索の指揮は私が取る。現状分かっていることは!?」


「そ、それが……魔導士ウィザードも1人消えたのです」



「……最悪だ」



 この城の魔導士級兵士は全て移動魔法ブリンクを習得している。朝までに連れ戻せるのか……? 日が登れば確実に魔王様の耳にも入る。クソ……っ!


「私が追う。お前は場内の兵士が騒がぬよう見張れ。いいな?」


「は、はい!」



 消えた魔導士ウィザード移動魔法ブリンクがどこに繋がるか調べなければ……。



 ……。



 …。



 急いで魔導士達の元を訪れ、消えた魔導士ウィザードについて問い詰めた。


 移動魔法ブリンクは、訪れたことのある場所にしか飛べぬ魔法。



 消えた兵士が偵察に訪れたのはギギン地方。以前報告のあった箇所は……リムガル周辺の森林地帯か。



 そこにドロシーもいるはずだ。




 私は移動魔法ブリンクを発動した。




◇◇◇



 移動したのは魔王城から遥か離れたギギンの地。ドロシーが逃げ出してから1時間ほどだ。まだ遠くへは行っていないはず。




 深夜の岩山には至る所にモンスター達の蠢く気配があった。子供を連れたままモンスターの群れに襲われれば、いくらゲイル族の能力を持つドロシーであってもただでは済まない。




「クソッ。どこに行ったんだ……?」



 風魔法と重力魔法を発動させ、空中に舞い上がる。山肌から続く草原に人影は無い。



 森の中を移動しているのか……?



 低空飛行しな森へと近づく。木々の隙間から大地を覗き込む。


 広大な森の中を探しながらさらに数時間が経った頃。突然、ドロシーが視界に入った。



「ドロシー!?」



 急いでドロシーの元へと降り立つ。彼女は私が来ることを分かっていたようにその場に立ち尽くしていた。


「……貴方が来たのね」


 ドロシーが瞳を赤く光らせ、兵士から奪ったであろう剣を握りしめる。それが私を「敵」だと認識していると告げていた。胸に刃物が突き刺さったような痛みが走る。


 やめてくれ。そんな顔で私を見ないでくれ。


「こんなこと魔王様に知られたらどうなるか……早く魔王城へ」


「もう遅いわ」


「何を……?」


 ドロシーの言葉を聞いた瞬間、嫌な予感した。彼女の姿を良く見てみるがそこにはいるはずの者が、いなかった。



 魔王様の器……あの子供が。



「な、なぜ連れていないのです。器はどこへ」


「いないわ。逃したの」



「どこへ!? 貴方は自分が何をしたのか分かっているのですか!?」



 ゾニングの後釜を狙う者は多い。器が消えたとなれば魔王様の計画は別のプランへ移るはずだ。そうなればドロシーは……。


「ドロシー……」



「来ないで!」



 ドロシーが己の首筋に刃を押し当てる。


「やめ、やめて下さい。あの子供を連れて魔王城へ帰りましょう。それさえ終わればあなたの苦しみの日々は終わるのですよ? 私が……貴方の幸せを守りますから。必ず……」



「レウス。私はあの子を犠牲に生き残ることなんてできないわ。接しているうち分かったの。あの子は私と同じ……魔王の入れ物なんかじゃないわ」



「あんなのは私と同じただの偽物なんですよ! 貴方の偽物だ!! ドロシーの方が死ぬなんて……私は、私は、耐えられない……」



 動こうとした瞬間、ドロシーの剣先が首筋に血を滴らせる。



「……貴方は優しい人ね。あそこには恐ろしい記憶しか無いけど貴方のことだけは、嫌いじゃなかったわ」



「やめて下さい!!」



 必死に叫んだ。それでもなお止められぬ彼女の剣。その時、彼女の腕を背後から何者かが掴んだ。



「ふん。小賢しい女だ」



「う……っ!?」



 彼女の手を捻り上げたのは、魔王デスタロウズだった。



「ま、魔王様……」



 気付かれていたのか……!



 手を握りしめる。


 居場所さえ分かれば移動魔法ブリンクを持つ魔王に距離など関係ない。ダメだ。ダメだ……っ! ドロシーが殺される。



「城内に不穏な動きがあると思えば……シリウス。これは貴様の失態だぞ」



「……はい」



 失態……私の内面までは気付かれていないか。


 魔王の隙を伺う。頭をフル回転させドロシーを逃す方法を考える。まだ魔王は私が裏切るとは考えていないはずだ。今なら……。



拘束魔法リストリクト



「あ……ぐっ……」



「すまんなシリウスよ。我は何者をも信用しておらぬ」



 魔王の発する拘束の魔法。配下が裏切らぬようその行動に制限を貸す魔法。その力により私は声を発することすら出来なくなってしまう。


「貴様はそこで見ていろ」


 魔王がドロシーへと向き直る。



「女。貴様は己の過ちの大きさに気づいていない」



「何が……っ!? 私も殺せばいいじゃない!! 死ぬのなんてもう怖くないわ!」


 やめろ。


 声が出ない。体が、動かない。魔王の創造物足る私は、己の意思で逆らうことさえ許されないのか。


「死ねば両親の元へ行けるとでも? それは望み薄だな」


 魔王が右手に魔力の光を灯す。私はあの魔法を見たことがある。ゾニングが魔法を完成させたのか……待て……それなら、ドロシーは……。


「女。貴様には永遠の苦痛を与えてやろう。永劫の暗闇の中で孤独と戯れるがよい」


「な、何を言っているの?」


 やめろ!!


 動け!! 抗え!!! ドロシーは苦しみ続けたのだぞ!! 



 そんな……そんな最後はダメだ!! ダメなんだ!!



 抗おうとする度に負荷が増す。叫ぼうとするたびに声帯が押しつぶされそうに圧迫される。一切の身動きが取れない。



魂滅魔法ソウルレス



 魔王の右手が青白い光を発しドロシーの胸に突き刺した。



「あ、あ……ぐ……」



 なぜだ!? なぜ私の体は動かない!? なぜ……なぜ!?


 一瞬ドロシーが私を見た。



「レウ……」


 ドロシー!!



 叫びたいのに声が出ない。ドロシーダメだ。ダメだ……っ!



 魔王がドロシーの体から青い球体——魂を取り出してしまう。


 頼む……やめてくれ……もうこれ以上は……。



「その魂に永遠の苦しみを」



 魔王が、ドロシーの魂を取り込んでしまう。彼女の体は目を見開いたまま、力無く地面へと倒れ込んだ。



「貴様が彷徨うのは我が暗闇。我が身滅びるまで永劫の暗闇を彷徨え。そんな日は来ぬがな」



 魔王が指を鳴らすと、私の体が解放される。しかし、全く体が言うことを聞かない。ドロシーの亡骸から目を逸らすことができない。



「この体も不要だな」



 魔王が火炎魔法を放ち、美しいドロシーの体を燃やしてしまう。


「シリウス。此度こたびの失態……成果で拭え。アラゾラム地方の制圧をせよ、できぬ場合は貴様とて処分する」


 そういうと、魔王は移動魔法ブリンクを唱え、溶け込むように消えていく。



「あ、あ……ああああああああぁぁあああああ……」



 燃え盛るドロシーの体を前に私は……ただ膝をつくことしかできなかった。





―――――――――――

 あとがき。


 次回、時は進み再び現代へ……。

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