第82話 想う者
13年前。
——魔王城。
ドロシーと接するようになってから2年が経った。
原初のアミュレットの無効化は、複数の計画が同時に進行された。そのことで彼女の重要度は下がっていた。
新魔法の開発やこの世界の
私は引き続き彼女の世話役を務めた。
接する度に訪れる不思議な感覚。ドロシーを実験から逃げ出さぬよう支える内に、なぜか私は……ドロシーが苦しまぬ方法を模索するようになっていた。
戸惑いはあったが、任務だと言い聞かせ自分の中で折り合いを付ける日々が続いた。
ドロシーの
しかし……。
「ドロシー。我儘を言わないで下さい」
「嫌! 苦しいのはもう嫌なの!」
ドロシーがベッドでうずくまる。それを見て胸が痛んだ。今日の実験はどうしても必要だ。先日のように私の権限でだけは引き延ばすことはできない。
魔王様の慈悲もこれ以上は……流石に。
「お願いします。もう少しの辛抱です。器が完成すれば解放して貰えるようになっているのです。頼みますから……」
「貴方には分からないわよ! 身体中調べられるの! 何時間も変な生き物に……身体の中に入られたり……もう嫌……嫌ぁ……」
「……」
最終調整に入った故……か。精神から肉体の転写へと移行している。物理的な苦しみに加えて……精神まで蝕まれているのか。
「嫌な"の、もぅ、許して……」
泣き喚く姿に手が震える。動揺が私の中を駆け巡る。
この2年。彼女の中の正の感情を引き出す為、あらゆる手を尽くした。彼女の痛みを和らげ、苦しみを癒す方法を探した。
そのおかげで、彼女は少しずつ笑みを見せてくれるようになっていた。話をしてくれるようになっていた……それが、この1ヶ月で嘘のように壊されてしまった。
分かっていたのだ。私の役目はこの時の為。最終調整に彼女が耐えられるようにする為だと。
だが……私は……そんな彼女は見たくない。なぜだか分からないが、見たくないのだ。
……。
魔王様を説得し、ドロシーを私の領内であれば解放して良い手筈になっているのに。彼女にこれ以上の苦しみを与えぬよう、手を回して来たものが……全て台無しになってしまう。
「嫌ぁああ……あぁ……」
「……行きましょう。ドロシー」
結局この日は、泣き喚くドロシーをなんとか実験室へ連れて行くことしかできなかった。
私が、なんとかしなければ。
◇◇◇
魔王の間でドロシーの状況を伝える。戦果の報告から入り、魔王様の機嫌を損ねないよう、最新の注意を払って。
「ふむ。籠城していた者共を落としたことは評価しよう。それで? この短期間での戦果。何か我に願いがあってのことであろう?」
「はっ。ゲイル族の女の件ですが……」
「器の話か。その話は済んだ筈だ」
「既に精神は限界に来ております。これ以上の肉体的苦痛は廃人化の恐れがあるかと……」
「……少し待て」
魔王様が指を上げると、移動魔法が発動され、魔族製造を担当するゾニングが現れる。
「お? お呼びですかな魔王様」
「ゾニング。器の状況を教えよ」
「再現度は8割程度……ゲイル族の身体強化能力は既に引き継いでおります。発動条件も魔王様のご所望通り
ゾニングの言葉が耳に入る。魔王様が欲したのはゲイル族の強靭な肉体強化能力だ。なら……。
「魔王様。器としての能力は既に備えているかと」
ゾニングの言葉を遮り、魔王様へと進言する。ゾニングは慌てた様子で口を開いた。
「いやいや! 魔王様がおっしゃったのはあの娘の完全再現。もう少しあの娘の調査をしないと」
「無理に行えばサンプルが壊れる恐れがありますが? 調査中に精神崩壊した場合器に与える影響は?」
「それは……未知数ではあるが……」
「とのことです。いかがでしょう。深刻な問題が発生すればこの2年の研究が無駄となります」
「……」
訪れる沈黙。ヒリヒリとした空気を感じながら次の言葉を待った。
「後は器の成長と、精神の移植のみか。ゾニング。精神の移植の準備は?」
「はっ。それにはまだ時間が……器の中にある魂を引き抜き、魔王様の魂を移植する魔法。それが完成するまで今しばらくお待ちを」
「期間は?」
「あ、あと1年ほど……何分この世界の
「ふむ。永劫の時を生きる我にとっては大した時間ではないが……」
魔王様が私を見る。
「器の成長具合はどうだ?」
「人間で言う幼児期にまで成長しております」
「ふむ。ならばこうしよう。本日を持ってあの女の調査を終了。
ゾニングが驚愕したように魔王様を見つめた。
「な、なぜですか!? あの女が模造品を殺す可能性が……」
「早急な精神の成長には必要だろう? 魂の入れ替えに成長した精神が必要だと言ったのはお前だったはずだが?」
「それは……確かにオリジナルが直接コミュニケーションを取れば、より早く成長が見込めますが……」
「それで良い。シリウス、貴様が監視役を務めよ。尖兵共にも指示を出せ」
「承知致しました」
◇◇◇
1ヶ月後。
「ねぇ。あの動物さんは何?」
「あに?」
「違うでしょ? 鳥さんよ」
「さんよ」
「ふふっ。何回教えてもダメねぇ」
ドロシーが窓を指す。
幼い模造品を引き合わせた時。ドロシーは意外にも模造品を受け入れた。それからというもの、ドロシーは常に模造品を気にかけるように行動した。
昼は模造品と一緒に遊び、夜は共にベッドへ入り物語を聞かせる。朝も、昼も共に過ごし、常に何かを語りかける。彼女の思い出や、私の話した物語を……。
模造品が幼かったからなのか。彼女の抱いていた孤独故か……彼女は母性のような感情を見せるようになっていた。
「あまり情を移さない方がいい。いずれ魔王様の器となる者なのだから」
「分かってるわ。でも、この子は
ドロシーが模造品を抱きしめる。模造品が嬉しそうに笑うと、彼女は愛おしそうにその頭を撫でた。
「……」
それ以上何も言えなかった。模造品が来たことでドロシーの精神も安定していたから。
それに、私も同じようなものだった。ドロシーに対して特別な感情を抱いている。それが何なのかは、私には分からないが。
魔王様の器が完成すればドロシーは自由の身だ。後少しで……。
生きることに苦しみ続けた女性の幸福。それを作るのも守るのも私の役割だと、そう思っていた。
……思い上がっていたのだ。
そのことが、当時の私には分かっていなかった。
―――――――――――
あとがき。
ドロシーとロナに生まれたもの。それを見たシリウスは……。
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